いつか終わってしまう初恋に、わたしはあなたを巻き込んだ
 ほとんど休まずに馬を走らせて、一番近くの町に着いた頃にはもう日が暮れていた。

 運よく空いていた宿屋に泊まれるように、ラウルは話をつけてきた。わたしは野宿でもいいと言っているのに、彼はここを決して譲ってはくれない。

 それでも、宛がわれた部屋に入って扉を閉めた時やっと人心地がついた気がした。その時彼の右手から、ぽたりと赤い雫が落ちるのが見えた。

「ラウル、その手!」

 慌てて抱き着くようにしたら、男は形のいい眉を顰めた。それが痛みのせいなのか、なんなのか分からない。

「大きな声を出さないで。ここはそこまで壁が分厚いわけではないので」

 耳元で掠れた声が言う。

「かすり傷ですよ。大したことではないです」
「うそ、見せてみなさいよ」

 黒い外套をぎゅっと掴めば、小ばかにしたようにラウルが笑った。「姫様は、男を脱がせる趣味がおありで?」

 こういう冗談を言う彼は、珍しい。はぐらかす気満々だ。
 本当にその服を引き剥がしてやろうかと思ったところで、左手が頬に触れた。

 途端、痺れたように動けなくなった。
 手の甲でそっと確かめるように、わたしの輪郭をなぞる。

「お怪我はないですか?」

 かっと、顔が熱くなっていくのを止められない。あんなに確かに守られていて、怪我なんかするわけないのに。

「だい、じょうぶ」

 かろうじてそう返事をするのがやっとだった。切れ長の目元がふっとやわらかくなる。

「なら、よかった。私は自分で手当てをしますので、ご心配なく」
「で、でも」

 ほつれた髪をゆっくりと長い指が梳いていく。ずっと馬に乗っていたから、砂埃も浴びてしまっている。そのことが、急に恥ずかしく思えてくる。

「下で湯を分けてもらえるように女将に頼んであります。姫様もお疲れでしょう?」

 いつの間にそんなことまで頼んでいたのだろう。けれど、この髪を見られてしまったら気づかれてしまうかもしれない。

 不安を見透かしたように、ラウルは続けた。

「女将は目が見えないそうです。ご主人は厨房からほとんど出てこないようなので、ご心配は不要かと」
「どうしてそんなことまで知っているのよ」

「以前騎士団の遠征でこの辺りに来たことがあるので。その時に」

 こんな時まで本当に抜かりがない。しかし、風呂に入れる機会は貴重だ。

「ねえ、兄様。一緒に入る?」

 戯れに戯れを返してみたら、ラウルは露骨に嫌そうな顔をした。

「兄妹ならば、それぐらい」

「いい加減にしてください」

 いい加減にしてほしいのはこっちの方だ。ただ、早く手当てをしてほしいのも事実だった。

 代わりに首の後ろに手を回す。いつも身に着けているネックレスを外してその手に預ける。
 逃亡中の王女には不釣り合いに煌びやかな、それ。

 わたしがここにいたら、この男は自分の手当てなんてしてくれないだろうから。

「ちゃんと、手当てをしてね。約束よ」

 観念してそう言うと、金の鎖をラウルはぎゅっと握りしめた。そのまま大きく頷く。そうして、わたしはフードを被り直して階下へと歩を進めた。
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