傷心な私と幼なじみ御曹司の契約結婚~不眠治療のハズが、20年分の執着愛で甘やかされています~
「さあ、着替えろ。荷物を取りに行くぞ。それとも着替えさせてやろうか?」
「じ、自分で!」
 昔の創くんは、そんな冗談を言うキャラじゃなかったのに!
 バクバクと激しく打つ心臓を押さえながら、服とコスメを抱えた莉緒は逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。
 
 
 パタンとドアが閉まる音を確認した創は、玄関に戻ると秘書の藤森へ氷のように冷ややかな瞳を向けた。
「……佐藤翔太の部屋だが」
「はい。『桐生ホールディングス』の提携優遇割引を適用して貸し出していた物件です」
 通常より30%安い家賃だったと藤森は契約書の写しを提示する。
 
「今日付で優遇を中止。正規賃料で請求しろ」
「かしこまりました。ただちに手配いたします」
 藤森はスマートフォンを取り出し、すぐに担当者へ指示を送る。
 
「俺の莉緒を傷つけておいて、うちの恩恵を受けられると思うなよ」
「いくらお怒りでも、あの男の勤め先である弊社の子会社は潰さないでくださいね」
 彼女のためなら何でもしてしまいそうな創に、藤森は困った顔で微笑んだ。
 
    ◇

 翔太と過ごしたマンションに到着してから、荷物の搬出まではたったの1時間だった。
 秘書の藤森が手配したプロの手によって、莉緒の荷物はあっという間にトラックへと積み込まれ、翔太や玲奈と顔を合わせることもなく、拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。

 あの部屋から持ち出した荷物は、仕事の専門書と大切な書類。
 あとは本当にお気に入りのものだけ。

「あんな男と過ごした部屋に置いてあったものなんて、下着一枚すら身につけさせたくない」
 どこまで本気なのかわからないことを言い出した創の言葉をきっかけに、服はほぼ捨てることになった。
 廃棄すら全部やってもらえるなんて、なんだか申し訳ないな。

「藤森、表参道へ」
「かしこまりました」
 創のマンションに戻って荷ほどきをするのかと思っていた莉緒は、慌てて創の横顔を見上げる。

「必要なものを買いに行こう」
「表参道じゃなくて、もっと安い……」
 庶民的な店が並ぶところへと言おうとした莉緒の手は、創にしっかりと握られた。

「あの男の匂いも、あの部屋で身につけていたものも、全部上書きして消してやる。莉緒が着ていいのは、俺が選んだものだけだ」
「う……上書きって……」
「契約の一環だ。俺の『妻』にはそれなりの服を着てもらわないとな」
 低く囁かれた強引な理屈に、莉緒はぐうの音も出ない。
 そうよね、副社長だもんね。
 家の中だからって、毛玉のついたカーディガンとか着るわけにはいかないか。

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