世界で一番切ない恋

ーー流星群の庭ーー

「それでね、その人の名前はね――」
放課後、詩織に手を引かれてやってきた中庭は、オレンジ色の夕日が一面に差し込んでいて、眩しいくらいに輝いていた。
私の歪み始めた視界のなか、詩織が恥ずかしそうに、でも愛おしそうに中庭の向こうを指差す。
そこには、数人の男子生徒が笑い合っている姿があった。
その中心にいるのは、昨日、夜の屋上で出会ったあの星野蓮だ。やっぱり学校での彼は、周りにたくさんの人が集まる、私とは正反対の『太陽』みたいな存在だった。
「ほら、星野くんの隣にいる、サッカー部の一ノ瀬陸くん。いつも星野くんと一緒にいるでしょ? 笑顔がすっごく優しくて……私、一目惚れしちゃったんだ」
詩織の視線の先にいたのは、蓮くんの肩に腕を回して屈託なく笑っている、背の高い爽やかな男の子だった。
大嫌いな星野。でも、星野くんと一番仲が良い男の子に、私のたった一人の親友が恋をしている。運命って、どうしてこんなに皮肉に絡み合うのだろう。
「へえ、仲良さそうだね」
私がなんとかそう呟いた、その時だった。
ふと、男子たちの中心にいた蓮くんが、こちらを振り向いた。
何百人も生徒がいるこの学校の、広い中庭の片隅で、彼と私の目が真っ直ぐにぶつかる。
(――っ)
私は心臓が跳ね上がるのを感じて、慌てて視線を逸らした。
昨夜のあの暗闇のなか、彼のことを見て、ほんの少しだけ救われてしまった秘密の時間が、一気に脳裏に蘇る。学校での彼はモテる有名人で、私はただの地味な転校生。
目が合っても、他人のふりをして通り過ぎるのが正解のはずだった。
なのに、男子たちの輪から抜けた星野くんが、迷いのない足取りでこちらに歩いてくるのが見えた。
「あ、ヤバい、星野くんこっち来る! みーちゃん、どうしよう!」
詩織が隣で焦って私の袖を引く。
私のイライラや強がりなんて何も知らない蓮くんは、いつもの少し意地悪で、でも驚くほど真っ直ぐな瞳のまま、私たちの目の前でピタリと足を止めた。
「よお、白砂」
「……っ、その名前で呼ばないでって言ったじゃん」
詩織の手前、私はわざとツンとした声を出し、イライラして彼を睨みつけた。
だけど蓮くんは、そんな私の態度を気にする風でもなく、私の顔をじっと覗き込んできた。私の目は、昨日泣いたせいで、まだ少しだけ赤いはずだった。
見ないでほしい。
「宮元、ちょっとコイツ借りてっていい?」
「え? あ、うん、いいけど……?」
星野くんは詩織に小さく片手を上げると、驚いている私の手首を、迷わずにぎゅっと掴んだ。
昨夜、屋上の暗闇のなかで掴まれた時と同じ、驚くほど温かくて強い熱が、私の皮膚を通じて伝わってくる。
誰かに見られたら嫌。どうしよう。
「ちょっ…何すんの放して……っ」
「いいから来い。お前、まだそんな今にも消えちゃいそうな顔してんじゃん」
耳元で、星野くんが周囲に聞こえないくらいの小さな声で、でも呆れたように呟いた。
その瞬間、体が少し熱くなった。耳元で話された.
そして、親友の詩織にすら気づかれなかった、私の心の奥の「怯え」「怖さ」を、この大嫌いなはずの男だけが、気づいたのだ。
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