世界で一番切ない恋

ーー一番星の陰ーー


 ストロベリームーンの夜から、学校での日常が少しだけ動き出していた。
「ねえねえ、みーちゃん聞いて!」
翌週の昼休み、詩織が顔を真っ赤にしながら私の席に滑り込んできた。
「昨日ね、一ノ瀬くんがサッカーの部活帰りに、廊下で『こないだの満月、綺麗だったね』って話しかけてくれたの……! それでね、連絡先、交換しちゃった……!」
「えっ、本当!? すごいじゃん、詩織!」
私は自分のことのように嬉しくて、詩織の手をぎゅっと握りしめた。
あの夜のジンクスは、本当に詩織に味方をしてくれたみたいだ。連絡先の画面を見つめて小躍りしている詩織の姿は、ひだまりの向日葵みたいにキラキラしていて、文句なしに世界で一番可愛かった。
(よかった……本当に、よかった)
心からそう思うのに。嬉しさと同時に、胸の奥を冷たい針でチクリと刺されたような痛みが走る。
詩織の一歩進んだ恋の姿を見れば見るほど、私の脳裏には『十一ヶ月』という砂時計のカウントダウンが嫌でも浮かんでしまう。
来年のバレンタイン。
詩織が一ノ瀬くんに手作りチョコを渡すとき、二人の距離はどこまで縮まっているんだろう。
付き合えていたらいいな。幸せそうに笑う詩織の顔が見たいな。
――でも、その時、私の目は。
「……みーちゃん? どうしたの、急に暗い顔して」
「あ、ううん! なんでもない! 一ノ瀬くんと花火大会とか行けたらいいね、って考えてただけ」
慌ててお日様みたいな笑顔を真似して取り繕う。
詩織は「もう、気が早いよ〜!」と照れながら笑っていたけれど、私は胸が苦しくて息が詰まりそうだった。
その日の放課後。
私は詩織と別れたあと、吸い寄せられるようにして夜の屋上へと続く階段の踊り場に向かった。
ここは、夕方になると誰も来ない、私と星野くんだけの『秘密基地』みたいになっている場所だ。
階段に腰を下ろして、白紙の目立つノートを膝に置きながら、ぼんやりと夕日が差し込む窓の外を眺める。
昨日に比べて、窓の外の景色のピントがまた少しだけズレている気がして、怖くて目を閉じた。
「お前、またそんな顔してんじゃん」
静まり返った階段の下から、聞き慣れた少し低い声が響いた。
目を開けると、大きな望遠鏡のバッグを肩にかけた星野くんが、一段ずつ階段を上ってくるところだった。
彼は私の隣にどさりとバッグを置くと、当たり前のような顔をして私の隣の段に腰を下ろした。
「……どんな顔よ。別に普通の顔だし」
私はわざとツンとして、膝の上のノートをめくった。
「嘘つけ。宮元の恋が進展して嬉しそうなクセに、一人になるとすぐそうやって『私はもういなくなる』みたいな寂しい顔するだろ、お前は」
「――っ」
図星だった。この星野くんという男の子は、どうしてこうも簡単に、私が誰にも見せたくない隠し事を暴いてしまうのだろう。
「……だって、そうじゃん」
強がり続けるのが疲れてしまって、私は膝を抱えながら、ぽつりと本音を漏らした。
「詩織、すっごく可愛いんだよ。来年のバレンタインに一ノ瀬くんに告白するんだって、あんなにキラキラした目で話すの。……応援したいよ。最後まで隣で見ていたいよ。でも、私にはもう、時間が残ってないもん。来年の冬、私は詩織の隣で笑ってあげられない。それが、たまらなく悔しいの」
夕日が私たちの影を長く、赤く廊下に引き伸ばしていく。
また八つ当たりをしてしまったと俯く私に、星野くんは怒るでもなく、呆れたように小さくため息をついた。
「バカだな、水月は」
「……バカじゃない。」
「バカだろ。何が『最後まで隣で見られない』だよ。お前の目が新月みたいに真っ暗になったって、俺が…」
星野くんは何故か苦しそうな顔をした。
私には分かってしまった。
何かー、何か隠しているんだ。
星野くんは私に何か隠してる。
何を隠しているの?
君の心はどこを彷徨っているの?
< 14 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop