世界で一番切ない恋
ーー散りばり形の星ーー
10月がやってくる頃には、私を取り巻く世界の色は、ほとんど失われかけていた。
視野の半分以上が白いモヤに覆われ、詩織の顔も、すぐ近くまで近づかないと判別がつかない。
けれど今の私にとって、自分の目が新月に向かって欠けていく恐怖よりも、何百倍も恐ろしいことが起きていた。
星野くんの体調が、明らかに悪くなっている。
学校の廊下ですれ違うたび、彼の顔色は以前よりずっと白くなっていて、時折、誰もいない壁に寄りかかるようにして、激しく胸を押さえている姿を何度も見かけるようになった。一ノ瀬くんが「星野、最近なんかすぐ息切らしてねぇ?」と心配そうに首を傾げるたび、私の心臓は冷たい氷を押し付けられたみたいにガタガタと震えた。
あと、2ヶ月。彼に遺された命の砂時計は、もうそれだけしかない。
「……ねえ、星野くん。今日、放課後いつものところで待ってるから」
ある日の昼休み、すれ違いざまに私は小声で彼にそう伝えた。
まだ、これが恋だなんて絶対に認めたくないけれど、彼の動く心音を、温かい体温を、少しでも近くで感じて安心したかった。
なのに。放課後、夕暮れの階段の踊り場で待っていた私の前に現れた星野くんの瞳は、これまでに見たことがないくらい、冷たくて、遠かった。
「白砂、もうここに来るのやめろ」
大きな望遠鏡のバッグを肩にかけたまま、彼は階段の途中で立ち止まり、私を見下ろした。
「え……?」
「お前に関わるの、もうやめるわ。……ま、簡単に言えば飽きた。目の見えないお前の介護ごっこするのも、いい加減疲れたんだよ。これからは自分のために時間使いたいからさ。二度と話しかけてくんな」
心臓を、太い針で一突きにされたような衝撃だった。
吐き気がするほどの冷たい言葉。
でもー。
私には分かった。
でも、嘘だ。
嘘に決まっている。
だって、私を突き放す彼の声は、微かに震えていたから。
私の顔を見ようとせず、必死にそっぽを向いている彼の左手は、制服のポケットの上から、痛いくらいに強く自分の胸(心臓)を握りしめていたから。
(……ずるいよ。星野くん)
私を傷つけて、諦めさせて、自分が死んだ後の私の傷を少しでも浅くしようとしているんだ。
自分が一番怖くて、一番苦しいくせに、最後の最後まで私を置いて一人で逃げようとしているんだ。
その悲しすぎる彼の優しさが分かってしまった瞬間、私のなかの何かが、音を立てて決壊した。
「――嘘つきっ!!」
私は階段を駆け下りて、彼の制服の胸元を、涙ながらに両手で激しく掴んだ。
「なんでっ……なんでそんな嘘つくのよ、星野くんのバカ!! 疲れたなんて嘘なくせに! 私に関わるななんて、勝手に一人でいなくなる準備しないでよ……っ!」
「放せ、白砂……っ」
星野くんが私を振り払おうとする。
だけどその腕には、もう私を突き放せるだけの強い力は残っていなかった。それが余計に悔しくて、悲しくて、私は彼の胸に額を押し付けたまま、ワンワンと声を上げて泣きじゃくった。
「諦めたらダメだ…よ。諦めたらダメだよ、星野くん……っ! 自分が一番苦しいくせに、なんで、そんなこと言って私を楽にさせようとするの?俺はお前の道標になればいいんだって、あの時言ってくれたじゃん……っ! 私をおいて、勝手に一人で終わらせないでよ……っ!!」
怒りと、
恋しさと、
失う恐怖が全部ぐしゃぐしゃに混ざり合って、
私は彼の胸元に涙を染み込ませながら叫び続けた。
そんな私の必死な泣き叫ぶ声を、星野くんは、ただじっと動かずに受け止めていた。
やがて、カサリ、と制服が擦れる音がして、彼の両手が私の震える肩をぎゅっと、痛いくらいに強く掴んだ。
「俺…バカだな。
ごめん。水月を、水月のことを悲しませたくなかった。
辛い思いをさせたくなかった…。
君が辛そうにしていると、俺まで辛いんだ。
だから、俺のことをなるべく忘れて、傷を浅くさせてやりたかった…」
また、優しく
温かく笑った。
あと何回、その笑顔をみれるんだろうかー。
視野の半分以上が白いモヤに覆われ、詩織の顔も、すぐ近くまで近づかないと判別がつかない。
けれど今の私にとって、自分の目が新月に向かって欠けていく恐怖よりも、何百倍も恐ろしいことが起きていた。
星野くんの体調が、明らかに悪くなっている。
学校の廊下ですれ違うたび、彼の顔色は以前よりずっと白くなっていて、時折、誰もいない壁に寄りかかるようにして、激しく胸を押さえている姿を何度も見かけるようになった。一ノ瀬くんが「星野、最近なんかすぐ息切らしてねぇ?」と心配そうに首を傾げるたび、私の心臓は冷たい氷を押し付けられたみたいにガタガタと震えた。
あと、2ヶ月。彼に遺された命の砂時計は、もうそれだけしかない。
「……ねえ、星野くん。今日、放課後いつものところで待ってるから」
ある日の昼休み、すれ違いざまに私は小声で彼にそう伝えた。
まだ、これが恋だなんて絶対に認めたくないけれど、彼の動く心音を、温かい体温を、少しでも近くで感じて安心したかった。
なのに。放課後、夕暮れの階段の踊り場で待っていた私の前に現れた星野くんの瞳は、これまでに見たことがないくらい、冷たくて、遠かった。
「白砂、もうここに来るのやめろ」
大きな望遠鏡のバッグを肩にかけたまま、彼は階段の途中で立ち止まり、私を見下ろした。
「え……?」
「お前に関わるの、もうやめるわ。……ま、簡単に言えば飽きた。目の見えないお前の介護ごっこするのも、いい加減疲れたんだよ。これからは自分のために時間使いたいからさ。二度と話しかけてくんな」
心臓を、太い針で一突きにされたような衝撃だった。
吐き気がするほどの冷たい言葉。
でもー。
私には分かった。
でも、嘘だ。
嘘に決まっている。
だって、私を突き放す彼の声は、微かに震えていたから。
私の顔を見ようとせず、必死にそっぽを向いている彼の左手は、制服のポケットの上から、痛いくらいに強く自分の胸(心臓)を握りしめていたから。
(……ずるいよ。星野くん)
私を傷つけて、諦めさせて、自分が死んだ後の私の傷を少しでも浅くしようとしているんだ。
自分が一番怖くて、一番苦しいくせに、最後の最後まで私を置いて一人で逃げようとしているんだ。
その悲しすぎる彼の優しさが分かってしまった瞬間、私のなかの何かが、音を立てて決壊した。
「――嘘つきっ!!」
私は階段を駆け下りて、彼の制服の胸元を、涙ながらに両手で激しく掴んだ。
「なんでっ……なんでそんな嘘つくのよ、星野くんのバカ!! 疲れたなんて嘘なくせに! 私に関わるななんて、勝手に一人でいなくなる準備しないでよ……っ!」
「放せ、白砂……っ」
星野くんが私を振り払おうとする。
だけどその腕には、もう私を突き放せるだけの強い力は残っていなかった。それが余計に悔しくて、悲しくて、私は彼の胸に額を押し付けたまま、ワンワンと声を上げて泣きじゃくった。
「諦めたらダメだ…よ。諦めたらダメだよ、星野くん……っ! 自分が一番苦しいくせに、なんで、そんなこと言って私を楽にさせようとするの?俺はお前の道標になればいいんだって、あの時言ってくれたじゃん……っ! 私をおいて、勝手に一人で終わらせないでよ……っ!!」
怒りと、
恋しさと、
失う恐怖が全部ぐしゃぐしゃに混ざり合って、
私は彼の胸元に涙を染み込ませながら叫び続けた。
そんな私の必死な泣き叫ぶ声を、星野くんは、ただじっと動かずに受け止めていた。
やがて、カサリ、と制服が擦れる音がして、彼の両手が私の震える肩をぎゅっと、痛いくらいに強く掴んだ。
「俺…バカだな。
ごめん。水月を、水月のことを悲しませたくなかった。
辛い思いをさせたくなかった…。
君が辛そうにしていると、俺まで辛いんだ。
だから、俺のことをなるべく忘れて、傷を浅くさせてやりたかった…」
また、優しく
温かく笑った。
あと何回、その笑顔をみれるんだろうかー。