世界で一番切ない恋

――流星群の夜、二人の夏祭り――


「ほら、白砂。はぐれんなよ」
人混みの熱気のなか、星野くんの少し低い声が響いた。
私の視界は夏の夜の暗闇も手伝って、周りの人の顔も、屋台の明かりも、すべてが万華鏡みたいにぐしゃぐしゃに滲んでいる。
今日のために詩織が着付けてくれた浴衣の裾が足に絡まって、歩幅がうまく掴めない。
「……星野くん、早すぎる」
ツンとした声を装いながら、私は彼の制服の背中を、見失わないように必死に目で追っていた。学校ではモテる有名人の彼が、今は私のために、周囲の視線から隠すようにすぐ前を歩いてくれている。
その時、私の右側の暗闇から、走ってきた子供が突然飛び出してきた。
「あ――」
避ける間もなかった。おぼつかない足元が激しくもつれ、私は硬いアスファルトの地面へと倒れ込みそうになる。
恐怖で目を閉じた瞬間、
「――っ、危ねぇだろ!」
ガシッ、と強い力で腕を掴まれ、私は強引に引き寄せられた。
鼻先が彼の胸元にぶつかる。ドクンドクンと、驚くほど速くて不規則な、彼の心臓の鼓動がダイレクトに鼓膜に響いた。
「……ごめん。見えなくて」
「謝るな。俺がちゃんと見てなかったから……っ、はぁ、っ」
抱きすくめられたまま、星野くんの呼吸が、急に激しく荒くなった。私の肩を掴む彼の両手が、見たこともないくらいにガタガタと震えている。
「星野くん……?」
顔を上げようとしたけれど、彼はそれを拒むように、私の頭を自分の胸へ強く押し付けた。
「少し、このままでいさせて……。今、ちょっとだけ息が、苦しい、だけだから」
押し殺した彼の声は、ひどく掠れていた。ポケットの上から、彼は自分の胸を、壊れそうなほど強く握りしめている。
あと、数ヶ月。診断書に書かれていた残酷なタイムリミットが、彼の身体を確実に蝕んでいるのが分かって、私の心臓が冷たく凍りついた。
その直後だった。
ドーン、と夜空に大きな音が響き、周囲から一斉に歓声が上がる。
今年最初の、大きな打ち上げ花火だった。
「わあ……綺麗……」
星野くんの胸から少し顔を離し、滲む視界で夜空を見上げる。オレンジや青の光が、私のモザイクのような世界を、一瞬だけ鮮やかに染め上げた。
「……水月。お前、本当に綺麗だな」
耳元で、星野くんが私にだけ聞こえる声で呟いた。花火の光に照らされた彼の横顔は、夜空のどの星よりも眩しくて、切なくて、涙が溢れそうになる。
行かないで。私を置いていかないで。
そう叫びそうになった私の唇を遮るように、星野くんはふっといつもの悪戯っぽさで微笑んだ。
「来年も、また見ような」
守れないくせに、そんな優しい嘘をつく。
でも、私はその言葉が嬉しくて、ただ、滲む彼の笑顔をじっと見つめ返すことしかできなかった。
けれど――神様は、私たちに夏を終わらせることすら許してはくれなかった。
花火がフィナーレを迎え、夜空が再び暗闇に戻った、その瞬間。
掴まれていた私の腕から、すうっと力が抜けた。
「……え?」
ガシャリ、と鈍い音を立てて、星野くんの身体が崩れるように地面へと倒れ込んだ。
「星野くん……!? 嘘でしょ、目を開けてよ!!」
必死に彼の身体を揺さぶる。けれど、返事はない。お祭りの賑やかなお囃子の音のなか、彼の呼吸は今にも消えそうなほど浅く、その顔は夜の闇よりも白く、冷たくなっていた。
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