世界で一番切ない恋

ー陰の月と輝く星ーー

病院を出たあとの記憶は、ひどく曖昧だ。
隣でお母さんがずっと泣きながら車を運転していたこと。家に帰っても、その泣き声が家中に響いていたこと。
「なんで、私なんだろう……」
その問いかけだけが頭の中をぐるぐると回り、私は自分の部屋にいられなくなって、気がつけば夜の街へ飛び出していた。
足が勝手に向かったのは、まだ通い始めて一ヶ月の、あの学校だった。
昼間はあんなに騒がしいのに、夜の校舎はまるで巨大な墓標みたいに静まり返っている。いつもは閉まっているはずの屋上への重い扉が、なぜか今日に限って、ほんの少しだけ隙間を開けて私を誘っていた。
手すりにすがりつきながら、私は声もなく泣いた。
涙のせいで、ただでさえおぼつかない視界がぐしゃぐしゃに滲む。
見上げた夜空には、ぽつりと一つだけ。
寂しそうに光る一番星が見えた。
私の未来も、あんな風にたった一人で、暗闇に取り残されるのだろうか。
「あーあ。先客がいたか」
不意に、静寂を破って後ろから声が降ってきた。
心臓が跳ね上がる。驚いて振り返ると、そこには大きな天体観測の望遠鏡を抱えた、一人の男子生徒が立っていた。
同じ学校の制服を着ている。けれど、暗くて顔がよく見えない。名前も、クラスも知らない。
「……あ、すみません。すぐ退きます」
不審者だと思われたくなくて、私は慌てて袖で涙を拭い、逃げるように彼の横を通り過ぎようとした。その時、
「いや、いいよ、そのままで。俺、ただ星見に来ただけだから」
彼は焦ったように、でも驚くほど優しい声で私を引き止めた。
彼は邪魔をしないように、私から少し離れた場所にそっと望遠鏡を置いた。
私が気まずさに立ち尽くしていると、彼は夜空を見上げたまま、ぽつりと言った。
「今日さ、星がすごく綺麗だからさ。……一人で見るの、ちょっと寂しかったんだ」
泣いている私を責めるでもなく、かわいそうに扱うでもない。
その瞬間、私の心臓がもう一度、今度は違う意味で大きく跳ねた。
そして涙が溢れた。
雲が流れて、遮られていた月光が彼を照らし出す。
だけど、涙のフィルター越しに見る彼の横顔は、夜空に浮かぶどの一番星よりも、ずっと真っ直ぐで、信じられないくらい眩しく輝いて見えた。
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