世界で一番切ない恋

ーー眩しき星ーー

(――あ。この人はー)
昼休み、詩織と一緒に窓から見下ろしていた、あのA組の星野蓮だった。
私の大っ嫌いな人だ。
人によって裏表があるに決まっていると思っていた。私が大嫌いな、あのモテる男。
「…星野、くん?」
気まずさに耐えかねて、思わず彼の苗字が口からこぼれてしまった。
私の小さな呟きに、望遠鏡のレンズを調整していた彼は、驚いたように顔を上げた。
暗闇のなか、彼の切れ上がった瞳が、私の顔を真っ直ぐに捉える。
「え、俺のこと知ってんの?」
「……昼休み、詩織が中庭の君を指差して、教えてくれただけ。いつも学校に大きな望遠鏡を持ってきて、夜遅くまで星を見てる、ちょっと変わった星野くんだって」
私はそっぽを向きながら、自分の制服の袖をぎゅっと握りしめた。
学校中の女子からモテる、裏と表がありそうな大嫌いな男の子。そんな眩しい世界の住人に、泣き顔を見られたなんて最悪だ。可哀想だと思われたり、からかわれたりする前に、早くここから立ち去りたかった。
「そっか。宮元の友達か」
蓮くんは短くそう言うと、ふっと悪戯っぽく、でもどこか安心させるように微笑んだ。
「じゃあ、俺が大っ嫌いな『お高くとまった星オタク』だってことも、もう聞いてるわけだ」
「え……」
「みんな言うんだよ。顔はいいけど話しかけづらいとか、変なオーラがあるとかさ。……お前も、今、俺のこと『うわ、最悪な奴に会った』って顔してたし」
図星を突かれて、私は思わず言葉を詰まらせた。
私のイライラや偏見を、彼は怒るでもなく、全部初めから分かっていたみたいに笑い飛ばしてしまう。それがなんだか、少しだけ癪だった。
「……別に、最悪だなんて思ってないし」
「嘘つけ。顔に出てんぞ」
蓮くんはそう言って、ぽんと望遠鏡の三脚を叩いた。
「俺さ、別に気取ってるわけじゃないんだよ。ただ、星を見るのが人一倍好きなだけ。……特に、こういう誰もいない静かな場所で、一人で夜空を見上げてるときが、一番落ち着くんだ」
彼の言葉には、不思議と嘘偽りがなくて、驚くほど真っ直ぐだった。
裏も表もない。ただ、自分の好きなものを純粋に愛しているだけの、等身大の男の子。
そんな彼の横顔を盗み見る。胃の奥にあったドロドロとした吐き気が、少しだけ軽くなっていくような気がしたけれど――私はそれを「夜風が涼しいからだ」と自分に言い訳した。
「……ねえ、星野くん」
「ん?」
「君は、どうしてそんなに星が好きなの? 暗いところなんて、何があるか分からなくて怖いだけなのに」
お医者さんから『十一ヶ月で失明する』と言われ、未来の暗闇に怯えていた私が、なぜそんな質問をしたのかは分からない。
ただの八つ当たりに近かったのかもしれない。
けれど、蓮くんはもう一度夜空を見上げ、ぽつりと一つだけ光る一番星を指差した。
「一番星ってさ、暗い夜の道標になるんだ。お前の世界が真っ暗になっても、アイツだけは、ずっとそこで光って居場所を教えてくれる。……だから俺は、星が好きなんだ。暗闇の中でも、絶対に迷わないようにしてくれるから」
その言葉が、今の私の絶望(闇)に、優しく、だけど切なく刺さった。
――お前の世界が、真っ暗になっても。
彼が何気なく放ったその言葉は、まるでこれからの私の運命を予感しているかのように優しくて。
ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ、救われてしまった自分が悔しかった。
「……ちょっといいね。それ」
私はわざと小さく鼻で笑って、気恥ずかしさを隠した。
「おい!ちょっとじゃなくて、すごいいい。だろ!」
蓮くんが心底楽しそうに声を上げて、私は暗闇に紛れて、今度は無理矢理じゃなく、本当に小さく笑った。
夜の屋上で出会った彼は、
笑顔で笑う君は、
これから訪れる暗闇の恐怖を、一瞬だけ忘れさせてしまうほどに眩しかった。
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