『世界の終わりのトップコート』〜嘘つきな君と、私〜
息を吸うのが怖い。

彼の呼吸を、彼の消えゆく命の火を、吸い込むたびに自分の脳裏に刻みつけられているような気がして、私は白衣のポケットの中で拳を痛いほどに固く握りしめた。

爪が手のひらに食い込み、微かな痛みが走る。

「どうしたんだよ香織。そんなに怖い顔をしてさ。まるでお化けか幽霊でも見たみたいな顔だぞ」

ハルトは椅子の背にもたれかかり、鳶色の瞳を細めて私を覗き込んできた。

「……幽霊のほうが、まだマシよ」
私はわざと冷たく、突き放すような声を絞り出した。

そうでもしないと、一瞬で涙が溢れて、声が裏返ってしまいそうだったからだ。

プロの調香師としてのプライドが、そして何より、彼に余計な動揺を与えてはいけないという本能が、私に冷徹な仮面を被らせる。

「うちの工房、一応完全予約制の、それなりに敷居の高い高級工房なんだけど。アポなしでいきなり入ってくるなんて、相変わらず礼儀のなっていない失礼な男ね。昔からハルトは、いつも私の都合なんてお構いなしに秘密基地に引っ張り出してたっけ」

「あはは、ごめんごめん。それは悪かったよ。でもさ、どうしても今、君に会いたくなっちゃって」

ハルトは悪びれずに笑い、それから少しだけ視線を落とした。

彼の長い睫毛が、工房の窓から差し込む夕暮れの斜光に照らされて、綺麗な影をその頬に落とす。

その横顔があまりにも白く、皮膚の境界線が光のなかに透き通って見えるのは、私の気のせいだろうか。

まるで、目を離した瞬間に陽炎のように消えてしまうのではないかという錯覚が、私の胸を焦らせる。

ハルトはデニムジャケットの胸ポケットへと、ゆっくりと手を伸ばした。その指先が、ほんの微かに震えているのを私は見逃さなかった。

彼がポケットから取り出し、そっと大理石のカウンターの上に置いたのは、古びた小さなガラス瓶だった。

手のひらにすっぽりと収まるほどの、四角くて不恰好な透明の瓶。

中身は完全に空っぽで、エタノールが気化してからずいぶんと長い年月が経っているのだろう、一滴の液体も残っていない。

ラベルは四隅からボロボロにめくれ上がり、手の油分と経年劣化によって、くすんだ茶色に変色している。

そこには、まだ文字が下手くそだった頃の私が、青い油性ペンで書いた『はるとのにおい』という歪な文字が、かろうじて読み取れる状態で残っていた。

その瓶を見た瞬間、私の胸の奥が、冷たい手でぎゅっと掴まれたように激しく痛んだ。

忘れるはずがなかった。

それは、私たちが中学に上がる前の、あの最後の、ひたすらに青かった夏休み。

私が生まれて初めてハルトのために作った、世界でたった一つの、手作りの「香水」の瓶だった。

「これ、まだ覚えてる?ひんやりとしたガラスの感触が、一瞬にして私をあの夏の記憶へと引き戻していく。
「私が生まれて初めて人を騙そうとした、粗悪な偽物の香水じゃない。香水なんて呼べる代物ですらなかったわよ、ただの草の汁だもの」

「人聞きが悪いな」

ハルトはくすくすと声を立てて笑い、愛おしそうに、彼自身の温かい人差し指の腹でガラス瓶の縁をなぞった。

「俺にとっては、世界中のどんな高級なブランドの香水よりも、これが世界一の香水だったんだ。今でもさ、この瓶のラベルを見るだけで、あの夏の、あの秘密基地の匂いが、目の前にぶわっと広がるような気がするんだよね。君が、汗をかきながら一生懸命に乳鉢をすり潰していた、あの場所に帰れる気がするんだ」

ハルトの言葉は優しく、どこか遠い未来を見据えているかのように静かだった。

夕日が完全に沈みかけ、工房の影がじわじわと長くなっていく。

「あのさ、香織」

ハルトは指の動きを止め、まっすぐに私の目を見据えた。その鳶色の瞳の奥に、一瞬だけ、深い、深い寂しさの影がよぎったのを、私は確かに捉えていた。

こんにちは♪m a iです!
13歳の身では少し描写が大変でした!
ハルトくん、香織ちゃんに、に会ってみたい!って言う人は、コメント欄に会ってみたい人をコメントしてみてね😂
私は、ハルトくんに会ってみたいー🌟
それでは、また〜!!
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