青い空の下で
透の仕事のことや
真子の学校の話を聞きながら,
相槌をうち,笑顔を作りながら,
食事は進んでいった。

この平凡な幸せを,
私は捨てることはできない・・・

今まで努力して,
真人への恋心を隠しながら,

作ってきた新しい生活を
自分から進んで壊すことはないんだ・・・
私は自分に必死に言い聞かせていた。


「倫子,顔色が悪いぞ・・・大丈夫か?」

「ええ。ちょっと疲れただけだわ。
 大丈夫。」

そういうと,私は食事の後片付けを始めた。


リビングから真子の奏でる
バイオリンの音色が聞こえてきた。


結婚してすぐ出来た一人娘は,
音楽の才能に恵まれていた。

まだ9歳だというのに,
難なく小さいバイオリンを
弾きこなしていく。

このまま海外に逃げてしまおうかと,
思うこともある。

このまま音楽の世界に
進めていいものだろうかと

一握りの成功者しかでない
厳しいプロの世界に
娘の身を投じていいものだろうか
という不安があった。

ボーっと洗い物を続けていた
私の指に痛みが走った。
包丁の先で,薬指を切ってしまった。

紅色が一筋,
指を伝って洗い桶に流れた。

たまっていた水に
紅い波紋が広がっていった。

まるで,

自分の心の傷がうずいているようだった。

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