【長編】ホタルの住む森

蒼は言葉を選ぶように暫く考え込んでいたが、やがて右京の目を正面から見据えると、心を決めたように口を開いた。

「茜が角膜を提供したのはこの間の手紙で知っているでしょう? 和泉陽歌ちゃん。当時12歳だった」

「ああ、それが何か?」

「彼女が如月さんなのよ。如月は彼女が引き取られた伯母さんの名字だわ」

「え! そうなのか? って、なんで蒼がそれを知っているんだ?」

「陽歌ちゃんの伯母さんから連絡を貰ったことがあったの」

「…いままでずっと連絡を取り続けていたのか?」

「ううん。11年前だったかな。陽歌ちゃんが18歳になる直前に一度だけ手紙を頂いたの。随分前のことだったから如月って名前だけでは直ぐに思い出せなかったのよ」

「伯母さんって彼女を引き取った人だろう? 何でまた」

「角膜を移植したとき、陽歌ちゃんの伯母さんに、彼女が18歳になったら渡して欲しいと茜から頼まれた手紙を渡したの。陽歌ちゃんの手術は成功したんだけど、その後体調を崩してずっと精神的に不安定だったらしいのよ。何日も高熱が続いたり、時々不安定な行動をしたり…。だから茜の事は…」

「……茜の死を伝えられなかったのか?」

「……教えられなかったわ。彼女は両親を亡くしたばかりだったし、ショックが大きすぎると思って茜が死んだことは伏せておいてもらったの。もちろん角膜の提供者が茜だって事もね。そして…陽歌ちゃんはそのまま、茜の事を忘れてしまったのよ」

蒼は辛そうに一旦目を伏せて睫毛を振るわせた。


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