【長編】ホタルの住む森

「……忘れた?」

「私も伯母さんから連絡があるまで記憶の一部を失ってしまったなんて知らなかったわ」

「でも今は思い出したんだろう? だから晃に会いに来たんじゃないのか?」

「それなんだけど、18歳の誕生日の少し前くらいから、時々夢を見ておかしな事を言うようになったそうなの。伯母さんは陽歌ちゃんが茜を思い出すことによって、再び不安定になることを恐れたのね。だからどうしても手紙を渡せなかったのよ。伯母さんはそのことをとても気に病んでいらっしゃって…それで私に謝罪の手紙を送ってきたの」

「その夢ってもしかして…」

「多分その頃から茜の記憶が少しずつ蘇ってきていたんだと思う」

「そういうことか。でもなぜその頃になって…?」

「右京も聞いた事があるでしょう? 臓器移植した人が以前の臓器の持ち主の趣味や味覚を好む傾向があるって話」

「ああ、それなら聞いたことがある。…だがそうだとしても、毎晩のように夢に見たり細部まではっきりと記憶しているのも不思議じゃないか?」

「茜はなにか陽歌ちゃんと約束したらしいの。きっと強い想いがあったんだと思う。陽歌ちゃんに約束を思い出して欲しくて失った記憶を呼び起こそうとしたんじゃないかしら?」

「茜が彼女に何かをさせようとしているのか?」

「それは分からないけれど、彼女に会えば茜が語りかけてくると思うの」

茜が死んでからも尚、何かを感じ続けてる蒼を見ていると、双子の絆とはこんなにも深いものなのかと右京はいつも思う。
どうしても会わなくちゃいけない…。と呟く蒼を、右京は複雑な気持ちで見つめた。

晃の想い、蒼の想い、如月さんの想い、茜の想い…。
バラバラの想いが一つになるとき、皆が幸せになることが出来るのだろうか?

右京はカップを取り上げ、琥珀色の液体を流し込む。

茜の想いの詰まった液体は、心を癒す媚薬のように右京の中に染みていった。



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