我妻教育

3.舞踏

「啓志郎くん、あたし今日遅くなるかも」


朝食中に、思い出したかのように未礼が言った。


「きゃー!朝から栗ご飯、テンション上がる〜」

言いつつ、かんじんの栗をよけて、飯を食っている。
単にあとで栗だけまとめて食べる気なのだろう。



「遅くなるとは、なにゆえだ」

「文化祭の準備があるの。今週末だし」

「そうか。確か10月末が高等部の文化祭だったな」

私はカレンダーに目をやった。


「そう。啓志郎くんも遊びに来てね!」

「ああ」


未礼は、残しておいた栗を一気にほおばり、満足げにうなづいた。





同居をはじめて、もうすぐ一月になろうとしていた。



10月末にもなれば、徐々に秋も深まり、
未礼も、上着を羽織って登校するようになった。


粗編みの黒いニットコート。
フードには茶色のファーがついている。

たまに登下校中の食べかすがニットに絡まっていることもある。

本人曰く、ここがニット素材の欠点らしい。




そのニットのコートを羽織りながら、未礼が言った。


「啓志郎くんは今日、合気道のお稽古の日だったよね」


「ああ」




手の平の傷は完治した。

三津鉢は、あの日以来、未礼にかかわることはなくなった。

平穏な日々が戻った。



だが、私は、まだ自尊を取り戻せてはいなかった。


この間の、未礼の失踪時での私の無様な力不足。


一時は己の無力に失意をおぼえ、気力を失いかけたが、自らの、おごりを反省し、修業をやり直すことにしたのだ。


これまでは、師範を自宅の道場に招き、たんれんを重ねてきた。

それでは何も通じなかったのだ。


人生先は長い。


何かを守るために、また戦いを避けては通れぬこともあるかもしれない。


その時、私はまた無力でいるつもりなのか?

それでは私の目指す私ではない。



もう一度、一からの出直しをはかり、一般の者たちのなかで、修業を始めることにしたのだ。



現在、空手と合気道の道場に通っている。





「夕食までには帰ってこられそうか?」


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