我妻教育
父は明るくくだけた人柄だった。

そして仕事人間だった。

46歳になるが、若々しく自信にあふれ、有能なビジネスマンとして経済誌の取材も多く受けている。

180cmの長身に隙なくスーツを着こなし、引きしまった表情で写真にうつる父は二枚目とも称賛されていた。

仕事をしている姿は、私の憧れだった。



「…いいな、頑張れよ!どんな手をつかってもいい。
未礼チャンのハートをキャッチして、そして絶対モノにするんだ…!!」

もはや返答に困る私を置きざりにしたまま、父はいたずらっぽく笑いながら軽快に右目をつぶり、親指を突き上げている。


「コラこのエロ親父」

いつの間にか戻って来ていた母が、私と父の背後から顔を出した。

「うわっ…!!戻ってたの、さや香チャン」

あわてて私から離れた父は、咳払いをし体勢をととのえた。


「戻ってたのじゃないわよ」

父は両手をあわせ、上目づかいで謝罪のポーズをとる。

「…まったく、変なことたきつけてんじゃないでしょうね?」

母は、父に向かって顔をしかめて見せてから、テーブルに置いてあった経済誌を手にとり、私の向かいのソファーに座って足を組んだ。

「啓志郎のことだから心配はしてないけれど、未礼さんは、仕事の上でも付き合いのあるお宅の大切なお嬢さんですからね。
節度あるお付き合いをするのよ?」

言い終えると何事もなかったかのように目線を落とし、雑誌をパラパラとめくっている。



母【さや香】もまた仕事人間だった。

「これが私の戦闘服なのよ」と言って、いつもシックなパンツスーツを身に着け、妻として父のサポートをするだけでなく、自らも事業を起こしている。

170cmの長身に、凛として気高い雰囲気を持っているが、実のところ豪胆でサバけた人だ。

母の教育方針は、「自分のことは自分で決めさせる」こと。

父の判断に従いながらも、婚約の話を承諾した私に、
「それでいいのね?」と確認するように聞いてきた。

「はい」と迷いなく即答する私の目をじっと見つめ、決意の揺るがないのを感じとると、

「お前が一番に望むことを大事になさい」

そうひとことだけ言うと、それ以上は何も言わなかった。

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