我妻教育
「ほんとー!!?どこ行く!!どこ行く!!!」

未礼の弾んだ声と表情が、いっそう明るくなった。

もう目は完全に覚めたようだ。


提案してよかった。




「行きたいところはあるか?」

「えーっとね、どうしようかな」

「朝食をとりながら決めるとするか」


「うんッ!!顔洗って来るね!」

未礼は、軽快な足どりで洗面所へむかった。


私も竹刀を片付けるため家に入った。




晴れた穏やかな空に、陰りが見えはじめたことに、
私は気づいていなかった。







「動物園がいい!!」


食卓に座るやいなや、未礼が身を乗り出すようにして言った。


「動物園?」

「そう!すっごいちっさいときに行った以来、行ってないの!!」

「初等部の遠足では行かなかったか?」

「…うん、行った覚えないんだよね…」

上目で考えこみながら、未礼はみそ汁をすすった。




動物園、と聞いて私は一枚の写真を思い出した。


先月、未礼の実家で、未礼の祖父と会ったときに見せてもらった写真だ。

パンダの檻の前で仲睦まじく一枚の写真におさまっていた、親子3人の姿。
幼き日の未礼と、実の両親。


あの日以来、動物園には行っていないということか…。


今行こうというのは、どういう心境の変化か。
それとも特に意味はないのか。





「では、動物園にしよう」

私が頷くと、嬉しそうに未礼も頷いた。


「じゃあ、あたしお弁当作るね!!」


「は?!そなた料理できるのか?!」

驚いて聞き返すと、


「お弁当は絶対いるでしょ!!台所と食材かりるねー!!
急いで用意するから、啓志郎くんは読書でもして待ってて!」


未礼は、朝食もそこそこに席を立ち、駆け足で台所へむかった。


そういえば、見合いでの釣書には、特技は料理だと書かれてはいたが、釣書を真に受けるほど愚かではないつもりだ。


一人残された居間で、妙な不安に襲われた。




2時間ほど読書をしていると、未礼の用意も整ったようだ。

玄関にむかうと、未礼の手には弁当が入っていると思われる紙袋があった。
< 120 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop