我妻教育
居間に入ったスグルは、私が追うまでもなく、すぐに出てきた。
食べかけの菓子を持って。


「今日のところはこれで帰る。チヨ、車!」


チヨには目もくれず命じ、
再び未礼の前で立ち止まると、

「悪いね、お嬢チャン。もらってくよ」

菓子の袋を未礼の顔の前でふった。


「あ、はい。どうぞ」


未礼の返事を聞く前に、スグルはショーモデルのように肩で風をきりながら、廊下を歩き去って行った。





「啓志郎くん…、大丈夫?」


無言で立ちつくす私を心配してか、未礼が声をかけてきた。


「ああ、大丈夫だ」

平静を保った声で返したものの、心中穏やかではなかった。


スグルの高飛車な笑い声が耳の中に残っている。


「お茶でもいれようか」

未礼は先に居間に入り、


「あたし、玄米茶飲むとなぜかお茶漬け食べたくなるんだよね〜」


ふさいだ私の気をまぎらわそうと、気をきかしてるつもりなのだろうか、くだらない独り言を言い、一人でヘラヘラ笑いながらお茶をついだ。



「騒がしくして、すまなかったな」


私は座ってお茶を受けとった。


未礼は首を横にふる。


「スグルさんって…、啓志郎くんの…」



「いとこだ。」




松園寺 優留(スグル)


松園寺家後継者候補の一人で、後継者争いにおいて、最大のライバルである。




つかの間の平穏な日々に、波乱が起きようとしている…。


いいようのない、嫌な予感に襲われ、私は口をつぐんだまま、どこを見るでもなく、ただ、いっそう強くなっていく雨音を聞いていた。










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