我妻教育
一瞬にして、私の目は、その“何か”に釘付けになった。


それは、私が、何ヶ月もの間、待ちわびた“誕生日プレゼント”だった。



送り主は、松園寺孝市郎。




「絵ハガキ…?」

未礼が私の手元を見て言った。

私は黙って頷いた。


兄が、一年に一度、送ってくれていた絵ハガキが、今頃になって届いたのだ。



なぜ今…?

理由はすぐに分かった。


まっすぐ届いてさえいれば、間違いなく、私の誕生日後数日以内に届いていただろう消印だ。

だが、宛先の途中から何かで滲んでほとんど読みとれない。


宛先不明で迷い込んでいたのだろう、定かではないが、結果、こんなにも私の手元に届くのが遅くなったのだ。


兄は、忘れていたわけではなかったのだ。


ふいに何かがこみ上げてくるように、鼻とのどが痛くなった。



忘れられたと思っていた。

兄は、忘れていなかった。


私が生まれた日を。








その夕方に、父から連絡が入った。


夜にも相次いで報道された。


兄を誘拐し人質にしていた武装勢力との交渉についての続報だ。


それは、私が待ち望んだ、兄の無事を知らせる情報などではなく、
私をさらに追いつめる内容だった。


交渉半ばにして、突如、犯人側からの連絡が途絶えたのだという。


まだ、犯人側の要求が通ったわけでも、兄の解放が約束されたわけでもない。


交渉決裂の恐れをはらんだ展開だった。



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