我妻教育

4.友の情熱

力なく、神社の石段に座りこんでいた。


中東の某国で兄が人質になっている事件について、
交渉途中で犯人側との連絡が途絶えたという続報が入ってから、一夜が明けた。


早朝、百度参りに来たものの、気力がどこからも湧いてこない。

兄の無事が確認できるまでは、毎朝続けようと思っていたが、日が昇っても、いっこうに回数がこなせない。



昨日からずっと考えていた。


昨日届いた絵ハガキが、もしも遅滞なく届いていたとしたら、私はもっと、兄と会話ができていただろうか…。



4月2日が私の誕生日だ。

兄が送ってくれた絵ハガキは、すべて私の誕生日の当日、もしくは前日に投函されていた。

そして毎年、誕生日一週間以内には私のもとに届いていた。


どれも現地で購入されたと思われる絵ハガキに、
「誕生日おめでとう☆」のあとに「オレは元気だ☆」「元気か?」など簡単で短いメッセージが書かれていた。

投函先は、アフリカ、中南米、そして今年は中東。


今年に限って、何かの手違いで、私の手に届くまでに半年以上も時間を要した。



「私は、忘れられたと思っていたのだ…だから……」


兄への複雑な感情を整理できずに私の声は、ふるえていた。


兄への態度を悔いていた。




私はずっと、兄を憎んでいた。
5年前、何も言わず勝手に家を出て行った兄を。


反面、毎年絵ハガキを楽しみにしていたことに、今年届かなかったことで初めて、気づいた。


誕生日を祝ってくれなかったことが問題なのではない。
私は男だから、特別誕生日など興味はない。


ただ、絵ハガキは、兄との一年に一度きりの唯一の接点だったのだ。


送ってくれなかった。
ついに、忘れられた。


よけいに兄を苦々しく思った。



「…だから、この間、兄上が帰ってきたときも、あのような薄情な態度を…」


私は頭をかかえた。


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