我妻教育
「こんなところで、油を売っている暇などないのではないか?」


ジャンの、たしなむフィギュアスケートは今がシーズンだ。
確か、去年も今頃は試合も多く、練習で忙しそうであった。


私の問いに、ジャンは携帯電話を切り笑顔で答えた。

「大丈夫サ☆」

笑顔の下で、声がうわずり焦っているのがはっきりと見てとれた。

目が泳いでいる。
瞳の大きなジャンは、嘘が下手だ。


携帯電話は、切ったそばからまた鳴り出した。

「人気者は困るネ」

ジャンは、出もせず携帯を切ろうとした。


「貸してみろ」

私は急いで立ち上がり、ジャンの携帯を取り上げた。
ジャンは携帯を引っ込めようとしたが、私の方が早かった。

携帯電話を耳にあてる前に、電話の相手の大きな声が聞こえた。


「ちょっと!何勝手に切ってんのよ!話は途中でしょ!失礼な奴ね!!どうするのよ、試合は!!」


「琴湖か」

私は電話に出た。


「!!啓さま?!・・・・・・」

琴湖は、驚き無言になった。


「試合とは、どういうことだ」

私はジャンを見ながら、電話の琴湖に聞いた。
ジャンは気まずそうに目をそらした。

「琴湖」

なおも黙る琴湖をせかす。


「・・・ええ。ジャンは今日スケートの試合なんですの。
私は応援のために、試合会場来てたんですが、出番も間もないというのに、ジャンが来ないものですから…」

琴湖は、遠慮がちに答えた。


「試合だったのか!なぜ行ってない?」

携帯を持ったまま、私はジャンに問いただす。


「違うんだよ!!…いや、試合は試合なんだけど、そんなたいした試合じゃないっていうか…。
だから別に出なくても問題ないのサ」

ジャンは、とりつくろうような不自然な笑顔で、両手を胸の前で勢いよくふった。


今日、試合があるなど、私は聞いていなかった。

近いうちに試合がある、ということは知ってはいたが、まさか今日だったとは。
私の状況に気をつかって言わずにいたのだろうが…。


「まだ試合の時間には間に合うのだな?!とにかく早く行くんだ!!」

私はジャンの腕をつかんだ。


「行かないよ」

その手をジャンは、ほどいた。
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