我妻教育
「・・・兄は、私の憧れだったのだ・・・」


沈黙した空気に、ぼんやりとした声が、くぐもって響く。


端正なる顔立ちと均整のとれた長身の体躯は、高雅でいて男っぽく、笑えば甘い。


一見敬遠されそうなものだが、性質は、かざらず飄々としていて、なおかつ愛嬌があり、サービス精神旺盛で、いつも人に囲まれている人気者だった。


家族も、親戚も、使用人も、皆、兄が大好きだった。

もちろん、私も。



引きずり込まれるほどの引力を持ち、見るものを圧倒する。
兄を見ていて、オーラというものは目に見えるのだと思った。

事実、父をもしのぐ存在感を持つとさえ言われていた。


兄は私の自慢だった。


「私は子どもの頃、みじんも疑うことなく、大人になったら兄のように、というよりむしろ、“兄”になれるのだ、とさえ思っていた」


ひれ伏すように見上げ、後をついて行く。

幼い頃の私にとって、それほどまでに、慕うに値する人物だった。


松園寺家の後継者であると、一族全員が暗黙のうちに認めていた兄。



「・・・だが、兄がいなくなって、私も成長していくにつれ、考えるようになったのだ」


自分の存在を。



「いつまでも、兄の後ろをついてまわる子どものままではいられなくなったのだ・・・」


私は、深く息をついた。


兄がいなくなって、両親の、私に対する態度が、教育方針が、目に見えて変わった。

「とたんに厳しくなったのだ。教養、礼儀作法、諸々・・・。
兄も、姉たちもどちらかと言えば、放任というか、やりたいことをやらせてもらえている、といった感じだったのだ。
だが、私には・・・」


ありとあらゆる科目ごとに、専門の家庭教師がつけられ、文字通りの英才教育を受けさせられた。

それがどういうことなのか。
意味はすぐにわかった。


「兄のように、失敗しないためだ」



私は話し続けた。

誰が聞いているわけでもないのに。

いや、聞いていないからこその、吐露だったのかもしれない。



心の奥の奥の方に確かに存在する、恐ろしく醜い感情を、懺悔しなくては、身も心もバラバラになってしまいそうだった。
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