我妻教育
華江は人懐っこく、その点では比較的育てやすい犬だったかもしれないが、当時まだ幼稚園児だった私にとっては大変なことだった。

しかしそんな日々は、元の飼い主が現れたことにより、あっけなく終わりをつげた。
華江は、簡単に私に背を向けた。
始まりも終わりも、あまりに一方的だった。


…なぜ今、そんなことを思い出しているのか。


そういえば、ココアと名をつけられるだけあって、焦げ茶色の毛並みをした犬だった。
未礼の髪色とよく似ている。
無理に探した共通点はそれだけだ。

兄が、華江と名付けたのはなぜだったか…


いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


逃避をするなど、私らしくない。
私と未礼の今後を考えねばならぬのだ。



この縁談は我社とカキツバタ商事にとって、商談と同じ。

当然私の一存で受けたり受けなかったり出来る問題ではない。


我が祖父と父の希望通り、できるものなら婚約したい。
色んな意味で、がっかりさせたくはない。

相手の性質に、気に食わないところがあるからといって簡単に断るようでは、後継者としての底も知れる。


何とかしなければ。
最善の策を模索しなければ。


頭の中で考えが暴走しているのがわかったが、止めるすべもなく、そのような状態で一つの結論に達した。


暗い水面に白い鯉が横切った。おそらく、父の愛するカノンだ。




すぐに行動しなければ。

思い立つままに、服を着替え、車を用意させた。


夜9時を過ぎていた。
勢いのままに、今日帰ってきた道を逆戻りし、未礼の自宅へ向かった。

もちろん未礼が今自宅にいないのは承知の上で。


まずは保護者の“許し”を得るために。



リビングに通され、つい数時間前に横たわっていた猫脚のアンティークソファーに座り、未礼の祖父と対峙している。


大商社の社長である義父は、当たり前だが忙しく、まだ帰宅していないようだ。

勇が露骨に警戒心を含んだ目で、祖父に並んで座っている。

祖父と向かい合い、平然でいるつもりだったが、情けないことに手に汗をかいていた。
緊張している。

だがもうあとには引けない。
< 37 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop