いちえ



何となく話す事もなく、お互い口を開けないまま、私は瑠衣斗の背中を追った。


広い大きな背中は、キラキラと水滴が月明かりを浴び、輝いている。


こんなまじまじと見る事も初めてで、思わずじっと見つめてしまう。


ガッチリとした体型は、程よく筋肉が付き、長い腕は男らしく逞しい。


筋が浮かび上がるように、瑠衣斗が歩く度に月明かりによって照らされている。


ドキドキと加速する鼓動は、抑える術がない。


グッと握り込んだ自分の胸元に、更に力を込める。


いつの間にか、怖かった気持ちはどこかへ行ってしまった。


私は先ほどまで感じていた恐怖心なんて忘れ、いつの間にか瑠衣斗で頭が一杯になっていたのだ。



そんなじっと見つめていた私に向かって、突然足を止めた瑠衣斗が振り返り、反動でビクッと体が止まる。


チラッと一瞬視線が交わるものの、すぐ逸らされてしまう。


不思議に思う私に構わず、瑠衣斗が口を開ける。


「着いた」


着いた…?


何気なく、瑠衣斗の視線を追うと、私はその先の光景に目を見開いたのだった。


「なにコレ…」


「温泉。見りゃ分かるだろう」


目の前に広がる光景は、川のすぐ脇に造られた露天風呂だった。


いつもより少し明るい月明かりが、水面に写り込んで揺らぐ。


大小様々な大きさの岩で囲われ、川にはすぐ手が届きそうだ。

驚いたまま視線を戻すと、瑠衣斗が穏やかに微笑む。



「特別。一緒に入ってやる」
< 243 / 525 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop