小悪魔は愛を食べる
「また、時間できたら連絡する」
「うん。私から呼び出しておいて、ほんとごめんね」
「いいよ。上総のわがままには慣れてるから」
「そっか。じゃね、ばいばい」
来た時と同じように見上げて軽く手を振った。上総が手を振り返して、テーブルの隙間をぬって見えなくなった。
いったい、何がしたかったのかと自らに問う。
初音と別れた後、メールが届いた。
近い内に会いたいという上総に何か妙な不安を感じて、けれど会ってみればお粗末な展開に終わった。つまるところ、今のこの状況は時間の無駄というやつだ。
絢人は汗をかいたクリームソーダを眺めて溜め息を吐き出す。
わりに長く付き合った初音と別れ、少しはセンチメンタルな気分になったのかもしれない。
このまま一人でこんな煩い場所に居るよりは本屋にでも寄って、帰宅するのが良策だろう。
そう思い、絢人が伝票に手を伸ばしたとたん、目の前が真っ暗になった。
「だーれだ?」
温かいアイピローでもあてたような感触に、思わず自分の目元に手をやった。
ぱっと、視界がひらける。目を覆っていた障害物が顔から剥がれたのだ。
振り返る。ふんわりと甘い匂いがした。
「こんばんは」
一瞬。本当に一瞬、目を奪われた。
ふわふわの髪が緩くウェーブし、大きく蠱惑的な瞳が悪戯に細められ、ぷっくりした柔らかそうな唇がグロスで艶めいて、まるで誘っているような錯覚を起こさせる。
「華原」
口にした名前に、改めて絢人は目の前の少女が華原芽衣であることを確認した。
芽衣が頷く。
「ここ、座ってもいーい?」
「どうぞ」
訊くのと同時に半分座りかけているようなものだったのだが、律儀に絢人が答えると、芽衣は嬉しそうに上目遣いでありがとうと唇を動かした。声は、小さくて聞こえなかったのか、元々出してないのか判断できなかったが、理解できたのだから問題は無い。
絢人が無表情で首を捻った。