小悪魔は愛を食べる

「ふうん。やっぱり華原って賢いんだ。そうだよ。俺が初音や華原に言う可愛いは、可哀想って意味だから」

からみつくようないやらしい低音が鼓膜を震わせて、背筋に悪寒が走った。
肩が竦んで、芽衣が絢人から目を逸らす。

この人は危ない。
この人は、誰もが目を瞑って見ないふりを続けるものを、平気で暴き立てる。そんな人間だ。
怖い。目の前の男が怖い。
何も知らないくせに、何もかも知られているような感覚が恐ろしかった。

血の気の引いた芽衣に、絢人の手が伸ばされる。頬を撫でられ、瞼がひくついた。

「華原。どうしてそんな泣きそうな顔するの?可哀想なのって、べつに悪い事じゃないよ。それに俺は幸せな子より可哀想な子が可愛いと思うから、華原は可哀想でいいんだよ」

囁きに、芽衣の手が頬に触れてくる絢人の手を掴んだ。
固い。男の人の手の感触がした。その感触に、壱弥を思い出す。壱弥の、『愛してる』を思い出す。
大丈夫。全然、可哀想じゃない。
言い聞かせて、芽衣は絢人の目をみた。

「わたしの、どこが可哀想だっていうの?違うよ。全然違う。可哀想じゃないよ。だってわたし、可愛いもん。愛されてるもん。だから、全然可哀想じゃないよ。倉澤くんは、可哀想の意味を履き違えてる」

憤りのままに吐き出した。吐き出した酸素分を補給するように吸う。
絢人は変わらず緩く笑い、切れ長の目が的を絞るみたいに細められて、唇が動いた。

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