小悪魔は愛を食べる
「クチ、可愛いね」
「はぁ?」
「ぷっくりしてて、柔らかい」
芽衣の眉が寄せられる。しかし抵抗はなかった。
ひとしきり撫でてから手は離れ、絢人が満足気にグロスのついた自分の指を舐めて、言った。
「俺、華原って馬鹿だと思ってたんだけど、間違ってたね。ごめん」
突然の謝罪に、訝しそうに芽衣の顎が引かれる。けれど怪訝な眼差しに臆することなく、絢人の声は芽衣に向かってゆるやかに流れた。
「初音と別れた理由、華原が欲しいからって言ったら、俺のものになる?」
芽衣の大きな目が、更に大きく見開かれた。
驚いたのだ。まさか絢人の口からそんな台詞が生まれるとは微塵も思っていなかった。最初に告白した時のまま、嫌われているとばかり思っていたのに。
「倉澤くん、て。わたしのこと、好きなの?」
「初音よりは好きだけど」
絢人の声は落ち着いていた。それが芽衣には理解できなかった。
付き合っていたのに、どうしてそんな簡単に他と比べてしまえるのだろう。
「初音ちゃんのこと好きじゃなかったの?」
「好きだよ。今でも可愛いと思ってる。けど、華原の方が可愛いから」
「なにそれ」
声が掠れた。舌が乾いてる気がする。
動揺している芽衣に、頬杖をついた絢人が小首を傾げた。
「どうしたの?言われなれてるよね、可愛いなんて」
独特の含みのある言い回しに、むっとして少しだけ反抗的な気分になる。そのまま言葉が口をついて出た。
「……なんか、倉澤くんの言う可愛いは…褒め言葉じゃない気がする」
皮肉を言ってやった。たしかに、芽衣の口から出たばかりのその言葉は皮肉以外の何ものでもなかったはずなのに。
にっこり笑ったのだ。
皮肉られたはずの絢人は、嬉しそうににっこりと笑った。