小悪魔は愛を食べる
壱弥の手が自分の顎にかけられた瞬間、七恵は飛び上がるように一メートル後退さった。また壱弥が笑い出し、姫華すらふるふると笑い震えていた。
恥ずかしいと七恵が芽衣を見ると、芽衣は何やら難しい顔をして「うーん」と唸っている。
「め、芽衣?」
どうしたのかと七恵の手が芽衣の肩に触れる。すると芽衣は弾かれたように顔を上げて七恵に向き直った。
「よし、わかった。じゃあこっちの小指はナナにあげる」
苦渋の決断だと言わんばかりの芽衣の表情に、七恵と姫華が唖然として、壱弥が呆れた声音で「アホか」と呟いた。
「小指で俺に何ができるっていうの、芽衣さん」
的確な指摘に芽衣はうぅと困った顔で今度は壱弥の左手を七恵に差し出した。
「じゃ、じゃあこっちの手だけ全部。けどもう駄目。これ以上は無理だからね」
絶対駄目!と言い張る芽衣の表情が可愛くて壱弥はつい意地悪してやりたくなる。わざと色香を感じさせる流し目で七恵を見て、薄く微笑した。
「ふーん…まぁ、左手だけならなんとか」
「けッ。左手でナナに何するつもりなんだか」
「ささささいてー!こわい!わたしイチという人がこわい!」
姫華の突っ込みに芽衣がさーっと青褪め、ばっと壱弥の腕から離れた。慌てて壱弥が芽衣の細腰を抱き寄せてホールド。
「ちょ、芽衣!何考えたんだよ今!」
「こわいー!やだー!えっちー」
「……遊んでんだろ、お前」
ころころと笑い転げている芽衣に気付いた壱弥が半眼で訊いたところで、七恵が「あ」と声を上げる。
七恵の視線を辿って見つめる先に行き着くと、「あ!」と今度は芽衣が壱弥を押し退けてドアの方へぱたぱた駆け出していった。