小悪魔は愛を食べる
「…………」
残された壱弥の手を姫華が軽く握って「大丈夫」と耳打ちし、七恵は芽衣の後姿を目で追いながら、ちらっと壱弥の顔色を窺う。
壱弥はにこりと姫華に笑いかけていた。
「芽衣の性格じゃ、どうせ付き合っても続かないだろ」
笑顔のわりに壱弥の声は低く暗く怨恨すら感じられるほどに深く耳に沈むような音で発せられ、らしくないと七恵が表情を曇らせた。
好きで好きでどうしようもなく好きで。
互いに互いが唯一で依存しあって生きているくせに、それでも付き合わないというのは、一体どういう心境なのだろう。
ただ一つ、確かなことがあるとすればそれは、芽衣を失ったら壱弥は壱弥ではなくなるし、芽衣は唯一の拠所を失う。だから、二人は離れてはいけないのだと、たったそれだけだった。
「ねえ壱弥。なんだかんだ言っててもさ、芽衣は壱弥がいないと駄目だと、あたしは思うよ」
声と共に沈んだ七恵の明るい髪の頭を壱弥の手がくしゃりと撫でた。
「ありがと、七恵」
瞬間、まるで髪の毛一本一本が心臓になったんじゃないかというくらい、七恵の体中の細胞が壱弥に反応して騒ぎ出す。
ああ、やっぱりあたしは壱弥が好きなんだ。
はにかむ七恵の可愛らしい表情に、姫華ががりっと爪を齧った。
均衡が崩れるまでのカウントダウンが始まろうとしている気配を、この時姫華だけが敏感に察知していた。
ねぇ、イチ。もしも芽衣が本気で誰かを好きになったら、アンタどうするつもりなの?
問いの答えは、まだいらない。