落日
私が聡に電話をしたのは、その日の夜。
ベランダに出て、ゆっくりと携帯電話の番号を押しながら、見慣れた階下の景色をフィレンツェの街並みと重ねて見る。
呼び出し音と同調するのは、私の頭のなかに広がるフィレンツェ。
薄暗い、ドゥオーモの長い階段。日本で再会した、聡の笑顔。
すべてが聡につながっていく。
『――もしもし?』
数回のコール音のあとに出た聡は、ひどく警戒していた様子だった。
無理もない。見知らぬ番号からの電話なのだから。
「もしもし。萩原依子です」
聡がすぐに分かるように、私はフルネームで名乗ってみる。