落日


バスタブにお湯をたっぷりと張り、お気に入りのカモミールの入浴剤を入れて、のぼせてしまうほどに浸かっていたい。

けれど今の私には、そんなくつろぐ余裕さえもない。

一分一秒が惜しい。早く、会いたい。


まるで追跡されている犯罪者のように、私は焦ったように髪と身体を一気に洗い上げていく。

そのくせ、お風呂上りのケアはほんの少しだけ時間をかけた。


ストロベリーの甘い香りがするボディバターを全身に擦り込む。


『甘い匂いがする』


昨日、私をはじめて抱いた聡が最初にそう言った言葉を思い出す。

誠司には一度も言われなかった言葉。

誠司にとってこの香りは『私』という人間を作り出す一部であって、飽きるくらいに一緒にいるから、改めて言葉にはしないのだろう。



< 75 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop