恋舞曲~雪の真昼に見る夢は…~

ヒトはいろんなことを忘れながら、そしてオトナになっていく。

ついこないだまで覚えていたその数学の公式も、今ではすっかり忘れてしまった。

覚えたことを忘れてしまう。学生の頃はソレをひどく恐れていたはずなのに、今あたしは“あること”を忘れようとしている。

忘れることも幸せの一つなのだと思いはじめたとき、ヒトはオトナになるのかもしれない。



12月××日、その日の昼下がり―――

山際ハウジングのオフィスでは、社員たちが忙しそうにそれぞれの仕事をしていた。

“トゥルルルルル…、トゥルルルルル…”

デスクで封筒の“宛名書き”をしていたあたしは、ペンを置いて受話器をつかんだ。

「お電話ありがとうございます。山際ハウジング・間宮です……はい……いつもお世話になっております……はい……はい……少々お待ちください……三ツ木さん、3番に東邦銀行の篠田さんからお電話です」

電話の引継ぎを終えると、あたしは宛名書きの作業に戻った。


「いらっしゃいませぇ♪」

突然、今年三十路のセンパイOL・佐野さんが商売っけのある声を上げた。
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