幻妖奇譚
「早く帰れそうなら、電話するよ。シチュー作ってあるから、チンして食べなさい」

「温めなら、お鍋のまま出来るよ?」

「ダメだ。パパがいない時は火は使わない事! あと包丁もダメだよ」

「あたし、もう五年生だよ? 過保護過ぎ~ッ」

 パパが、小さい頃みたいに頭をクシャクシャッとした。

「まだ五年生だ。もし沙希が怪我でもしたら、パパ生きた心地がしないからね」

 どこまでも優しいパパ。ママがいなくなっても、淋しくなかったのはパパがいてくれたから……。

「うん。わかった、パパが悲しむ事はしない」

 パパはもう一度クシャクシャッと、頭を撫でると喪服を持って、会社へ戻っていった。

 しん、と静まり返った家に1人……。

 正しくは1人じゃない――。

 パパがいない時だけに限り。


 こっそりと、パパの寝室に入ると、ベッドの奥に目を向ける。


 ママがいなくなったあの日から、あたしがパパ以外に心を許せる相手。





 あの日と変わらずに鏡の中にいる――。





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