幻妖奇譚

∽踏切の男∽

 さて、電車に撥ねられたという20代の男。

 この青年、名前を『リョウ』と言い、年齢は21歳でございました。

 有名大学を首席合格するほどの頭脳明晰。しかし、偉ぶった所など微塵もない、植物を愛する心優しい青年でございました。

 ヨシエの話に出て来た“幻の花”という物は、リョウが丹精込めて作り上げたこの世に二つとない新種の薔薇の事でございます。

 リョウはその薔薇の為に大学生活の全てを費やすのでございますが、その間女性はおろか、誰とも口を聞く事はありませんでした。

 リョウのそんな姿を見兼ねた教授の提案により、一人の女性と交際をするきっかけを頂いたのですが、研究に没頭する余り、女性との交際は二の次になっていったのであります。

 当然、女性は自分の事を放ったらかしにする男など、縁がなかったもの、と諦め別の男性と交際を始めておりましたが、どうやらリョウにとっては違った様でございます。

 ――新種の薔薇が見事咲いたら、一番に彼女に見せよう――

 そんな互いの擦れ違いに気付かぬまま、とうとう事故の当日を迎えるのでございます――。


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