涙の終りに ~my first love~
PM9
本当は楽しかった思い出なんかより、悔しい思いをさせられた方が沢山あるはずなのに。
人間の性というものなのか嫌な思い出はすべて忘れてしまっている。

実はそんな風に頭の中であれこれ考えて、気分が浮いたり沈んだりするのには理由があった。
それは車の中で流れる永ちゃんの曲で、バラードが流れれば愛しく思う気持ちが増徴され切なくなってゆき、ただ逢うだけじゃイヤだと思う、
そしてミディアムやロック調の曲になるとエキサイトしてきて、
やっぱり”素直な気持ちで信用するなんて絶対にできない”と思うようになる実に単純な理由からだった。

当時はそれほど矢沢永吉が大好きで、
”永ちゃんならこんな時どうするんだろう?”とか
永ちゃんの曲に自分を重ね物事を考えたりしていた。

あれこれ考えるよりもとにかく今は逢える事に感謝しよう。取りあえず逢える事だけに感謝をしてそこから先の事は考えないようにする、そう決めて車を降りた。

家に帰ると食事や風呂をさっさと済ませ、PM9になるのを待った。

おかしなもんで電話をかける時間を部屋で一人待っていると、
待ち合わせでもして本人に直接会うような感覚になっていた。
同時に別れる原因となった”ドタキャン”も電話、
そしてオレが別れを告げたのも電話と嫌な想いもあった。

”九時以降ならいつでもOK”なんて書いてたがあいつの事だから不在かもしれないな・・・

もし不在で親や妹が出たら体裁悪いなと不安な気持ちも増していった。
そして約束の九時が近づいてくるとNTTの時報案内に電話をして、真子のいう九時、
21:00ジャストにこだわってダイヤルを廻した。

深呼吸をしてしっかりと受話器を握りながら呼び出し音が鳴るのを待っていると、
遠い昔に途切れてしまった絆という名の糸を、たぐり寄せ繋いでいるような感じだった。

2回ほどベルが鳴った後、「はい」と懐かしい声が受話器を拾った。

オレは心の中で「そう! この声、ホンモノの真子だ!」と
思いながら「久しぶりだね、オレよ、ユウジ!」と話した。

普通は「○○ですけどナントカさん居ますか?」なんて言うのが礼儀なんだけど、主語も述語ない無様なスタートだった。

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