FAKE‐LAKE
部屋を飛び出した後、アツキはタオルを左手に巻き、食堂に向かった。
「……分かってるさ、んな事……」
そう、分かっている。セティが自分の事を心配している事も、セティの言う事が正論だと言う事も。
窓枠に膝を立てて座る。アツキの一番落ち着く場所だ。
「……いてぇ……」
深く俯いて歯を食いしばり、痛みに耐える。痛むのはガラスで切った手の傷だけではなかった。
八歳年上の兄は、両親を亡くした後アツキを連れてこの国に移住してきた。
たった一人の家族。小さな幸せ。
その幸せをアツキから奪ったのは、スパイ容疑で兄を逮捕したこの国の軍だ。
取り調べが終わるまで、アツキは兵に見張られながら隣の家で不安を抱えて待った。兄はスパイなんかじゃない、と言う子どもの訴えになど誰も耳を傾けなかった。
何日かして帰って来たのは、酷い拷問を受けて無惨な姿になった兄。すでに冷たくなっている兄の遺体を返しに来た兵は、舌打ちをしただけで何の説明もしなかった。
……憎い。
今すぐにでも同じ目に合わせてやりたい。
怒りと憎しみに震えるアツキに、一人の浮浪者はこう言った。
「頭を使え。もっと利口な手で奴らに復讐するんだ」
そうしてアツキは“シャドウ”になった。
完璧な手口で資産家を――特に弱者を陥れて私腹を肥やす、腐った輩を不安に陥れる事が“成功”。奴らが自分から奪った物を思えば、どんな金額でも到底割に合わない。
これは盗みじゃない。復讐なんだ。
そう信じて疑わなかった。この屋敷に忍び込むまでは。