クライシス
大学は冬休みに入ったのか誰もいない。
静かなキャンパス内を二人で歩く。
「うわ、懐かしい!このベンチ!」
雄介がキャンパスのベンチを指差した。由香も笑った。
「ホンマや、ようここでご飯食べたね?」
「せやせや。んで、信二が俺らをからかってたわ!」
二人はベンチに座った。
「信二さんと、言えばあれやわ」
由香が思い出すように空を見上げる。
「そうそう、よう教授らのあだ名付けてたなあ」
二人で思い出して笑う。
「一番、あだ名を付けられてたん楠木教授やね?」
由香からその名前が出て、雄介は任務を思い出して少し憂鬱になる。
「せやな、あだ名付けられ過ぎて、『あだ名の百科事典』言うて新たなあだ名になったな」
「もう、訳分からんね」
由香が笑った。
「信二があの人に付けたあだ名多かったもんなぁ。アインシュタインとか、シェギナベイベとか小泉純ちゃんとか」
「殆ど白髪繋がりやん」
「確かに。アイツ見た目だけで付けるからなあ」
「でも、何か違う奴もあったかも、確かーー」
由香は思い出して笑顔で話をする。雄介はその由香の笑顔を見つめていた。
二人でベンチに座って話をしていると学生時代に戻った様だった。あの頃は何も不安など無かった。毎日がキラキラしていて、そして、未来に希望があった。
冷たい風が雄介の顔を吹き付ける。
戻りたい。雄介は由香の横顔を見つめ、泣きそうになりながら思った。テロの心配をしなくても良いあの頃に戻りたい。北朝鮮に渡らなくても良い、あの頃に戻りたかった。今の現実から逃げ出したかった。
「ーー雄介」
気がつくと由香が話を止めて、雄介を見つめている。雄介は慌てて、由香にバレない様に涙を拭った。
「ああー、久しぶりに学校にきたら、色んな事を思い出すなあー!」
雄介は誤魔化す様に空を見た。
しばしの沈黙が二人に訪れた。冷たい風は二人の間も冷やしている。
「……ボード」
由香が唐突に口を開く。
「その信二さん達が雄介をボードに誘ってたわ」
「そうなん?」
「うん。でも、雄介と連絡が取れないって、私に言うてた」
「そっか」
雄介は少し下を向く。
「雄介の学年と私ら学年、合わせて三十人位で行くみたい」
「へえ、いつ?」
「年末。みんなでスキー場で年越そうって」
< 144 / 274 >

この作品をシェア

pagetop