看護学校へ行こう
まやちゃんが言うには、お父さんは紙袋をまやちゃんに手渡した。まやちゃんが中を見ると・・・黒いバレーシューズが入っていた。もう謝恩会まで一時間もない。まやちゃんは猛ダッシュで靴屋にパンプスを買いに行って戻ってきたという。事情を聞き、大笑いしてしまった。なんでもそのバレーシューズは新聞のチラシに「ズバリ280円!」と書いてあって、お母さんが買ってきて置いてあったものらしい。最後の最後まで笑かしてくれるまやちゃんだった。

 卒業式の次の日。みんなそれぞれに別れを告げ、旅立っていった。その頃には涙はなかった。皆、次に始まる新しい世界に胸をふくらませている。廊下の荷造りの山も、どんどん小さくなっていく。

「さあ、そろそろ行こうかな。」

私も出発の支度をした。部屋をぐるりと眺め、廊下に出た。マンハッタンの空は一度しか見られなかった。今は曇り空がビルの上に見えるだけである。廊下の真正面にはしょぼい小さな共同冷蔵庫がある。そこにはみかさんが立っていた。みかさんだけは、私のことを「ちゅう」と呼ばず、「なかちゃん」と呼んでくれていた。私が最初にまきよちゃんにあだ名を「ちゅう」とつけられたとき、みかさんにだけは嫌だと話したからだ。思えばみかさんとも随分行動を共にした。やると決めたら何が何でもやり遂げる努力家のみかさん。混合の実習の時など、毎日ほとんど徹夜を通していた。そんなみかさんを、私は尊敬していた。

「なかちゃん、行くの?」

「うん。」

みかさんとしょぼい冷蔵庫に背を向け、歩き出した。その時点で私の新たな旅立ちは始まった。玄関の外に出ると、空を見上げた。入学式の日に見た白鳥は飛んでいなかった。だけど私が飛び立つのだ。

 自由奔放に無責任に生きた3年間。私はこれから始まる新しい生活を想像し、駅へ向かった。

                      完
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