蜜事中の愛してるなんて信じない
 降り立ったのは、船を模した建物が見える駅。駅名は忘れた。

 改札を抜けると、降りる階段は二手に分かれていた。正志は迷うことなく一方の階段を下りる。

 外へ出ると、やはり暑かった。
 私が犬だったら、絶えず舌をだらんと出して口呼吸に専念するであろう暑さ。

 正志は、スタスタ歩く。直進。
 体温が下がるとは思えないくらい、生ぬるい汗がコメカミを伝う。

 道路を挟んだ右手に湾岸署が見えた。

 目の前を颯爽と歩くコイツ、アオシマ刑事に突き出そうか。「誘拐犯です」って。それか、この暑さの中をもくもく歩かせるのって殺人未遂だよね。そっちの線でもいいね。

 左折。

 すると、大きな建物が見えた。
 こういっちゃ怒られちゃうかもしれないけれど、湾岸署が可愛そうになっちゃうくらい立派で近代的な建物。

 『日本科学未来館』そう掲げられていた。たいそうなお名前で。

 見上げていた顔を正面に戻すと、正志が自動ドアに吸い込まれていった。

 閉まりかけたガラスの間に身体を滑り込ませる。再びドアが開いた。

「あぶねえな。挟まったって助けてやんねえから」

 相変わらずの仏頂面で、長方形の丈夫そうな紙、チケットを私に手渡すと、くるりと背中を向けてエスカレーターに足を踏み入れた。

 ちょっとくらい待っててくれてもいいんじゃない?

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