涙は煌く虹の如く
ふと木陰から再び美久の様子を確認しようとしたその時だった。
「キャッ…!」
「ヒッ…!」
驚きの声を上げる少年と少女。
丈也が様子を伺う前に美久が出歯亀の存在を認めていたのだ。
(やべぇ…!最悪のパターンじゃん…)
丈也は身体中から嫌な汗が一気に吹き出て自分が萎んでしまうような悪寒を感じていた。

「……丈ちゃんかや…?」
バスタオルで身体を巻いているだけの美久が訊いてきた。
「ん……?」
美久の意外な言葉の出だしに丈也は少し戸惑った。
「やっぱ丈ちゃんだぁ!久し振りだなや…!そかぁ、今日島に来るって言ってったんだもんなぁ…」
ニコニコと笑みを浮かべながら歓喜の調子で美久は言う。
「へ……?」
丈也の戸惑いは大きくなる。
しげしげと美久を見つめてしまう。
自分より頭一つ分程小さい背、クリクリッとした大きい瞳は飼いならされた血統書付きの子猫を髣髴させる。
肩の辺りを見ると湖から出たばかりなので白い肌に青い血管が浮き上がっている。
血管の走る方向を目で追っていくと胸元に辿り着いた。
「………!」
慌てて目を逸らす丈也。
まだ美久の問いかけに答えていない気まずさもあるのだがそれ以上に美久の態度が気になった。

何故声を上げないのだろう?
そして何より何故美久にとって今は覗き男でしかない丈也を咎めないのだろう?
そんなことを必死になって考える丈也だったが答えなど浮かぶはずもなかった。
ただ美久の大きく美しい瞳の中に、最後に会った5年前にはヒシと感じられた明るさ、別の言葉で言うと”精気”のようなものが全く伝わってこないことが関係しているだろうことだけはおぼろげながらわかった。

丈也の混乱をよそに笑みを絶やさない美久。
「丈ちゃん来年受験だっけか…?おら、色々丈ちゃんと話ししたいんだけども…邪魔しちゃ悪いっちゃね…?」
そう言いながら美久は自転車へ向かう。
「パサッ…」
何の躊躇もなくタオルを解く美久。
「ワッ……!」
丈也はそれまで感じていた以上の驚きと共に目を逸らした。
「ドクッドクッドクッ…!」
また心臓が早鐘を打ち出した。
(何だってんだよ、一体…!)

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