僕の中の十字架




首筋にかかる北村さんの吐息を理解した途端、頭の奥がじんと暖かくなり、思わず右手で北村さんの頭に触れました。


そして自分も同じ様に、北村さんの髪に鼻を擦り付けます。

シャンプーの甘い香りに脳が痺れそうになって――



「あの、ね」



北村さんの声で踏みとどまりました。



「私、お前の、その、前髪のこととかさ、…………何にも知らなかったから、その…………酷い事とか言ったりしたから……………なんつーか、その、ごめん」



なんだこの可愛い人は。


色々といっぱいいっぱいな富士原さんは、一言いいんですとしか言えませんでした。



「よくねーよ」



耳元で聞こえる声が、泣きそうになりました。



「よくねーんだよ、お前が良くても私は嫌だよ。今までお前、本当は怖いのに無理して笑ってたんだろ? ―――それに気付かなかった自分が嫌なんだよぅ……。ちくしょー引っ張ってやる」


「痛い痛い! 前髪はやめて!」



涙と照れを誤魔化す様に富士原さんのウィークポイント(前髪)を引っ張る北村さんでした。



本当は他にも言いたい事がありました。


実を言うと自分もお前が好きだとか、

本当実を言うと若干のKYさも可愛いと思ってたとか、

マジで実を言うと“ゆりあちゃん”を殺したい程妬いていたとか。



そして何より、富士原さんの辛いこと全部、自分が変わってあげれたらいいのに、という言葉。


少しでもいいから、近くで支えていられたら、たったひとりの味方になれたら、どんなに幸せだろう。


ひとりじゃないから、私が隣にずっと居るからって、そんな言葉が言える。―――今は無理でも、そんな未来が待っててくれたらいい。


折角富士原さんが、やっと富士原さんが28年間誰にも言えずにいたことを自分に話してくれたのに、自分の全てを伝えられなくて。

だからその分、北村さんはもっともっと抱き締めてあげます。



「…………」



引っ張るのを止めて、北村さんは富士原さんの肩に顔を埋めました。




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