執事の憂鬱(Melty Kiss)
足早に去っていく看護師の後姿をちらりとみ、それから自動販売機の陰で山下はそっと向こうを覗き見た。

何故、自分がこんな目に……、という屈辱の思いをじゃりじゃりと砂のように噛み締めながら、ではあるが。

確かに、スーツ姿の男と、パジャマ姿の男との間には言い知れぬ緊張感が漂っていた。

『あのポッケに絶対ナイフ入ってるんだから』

もう、自分の仕事は終わったと思っているのか、山下の隣に居る都は小学生らしい柔らかい口調で歌うように囁いている。

はぁ、と。
山下は重たいため息をつく。

『君、一人でこんなところに来ていいの?』

小声で問う。
山下がかき集めた情報では、都は銀組のお嬢様なのだ。
時折ふらりと一人で動く。
それを山下は執拗に追いかけるのだが、今日ほど尾行が簡単だったのは初めてだった。

都はきょとんと首を傾げる。

『おじさんの家では、小学生は、一人でお見舞いも許されないワケ?
そういう過保護なオヤジは、絶対に娘に嫌われるわよ』

『お、おじさんって。
俺はまだ23歳なんだぞっ』

山下は呆れ顔で呟く。
都はにこりと、天使の笑顔を浮かべた。

『そう。私の三倍生きてるのね。十分おじさんだわ』

その笑顔を見てつくづくこれはちっこい悪魔だ、と思うと同時に山下はようやく気づいた。
今日の尾行が簡単だったのは、彼女のミスではない。
これ事態が、彼女の罠だったのだ。

子供にいとも簡単に翻弄されていることに気づかされた山下は、頭を抱えずにはいられなかった。
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