執事の憂鬱(Melty Kiss)
都は、真剣な瞳で山下の動向を見つめていた。
もし、彼が取り逃がしたらいつでも対応できるようにという緊張感が漲っていて、清水は邪魔にならない程度に、彼女を抱きしめている手を緩めていた。

無事、山下が斎藤を連れ出すのを確認し、都は胸を撫で下ろす。

『おじさん、怪我は無い?』

もう一度、清水の腕の中で向きを変えて背伸びをすると心配そうな顔を見せた。

『今日、新たには怪我をしてないよ。
そろそろ、病室に戻ろうと思うんだけど』

無理をして動いたせいか、オイルが切れたロボットのように体中がぎしぎしと痛んでいた。
にぱっと、都は子供らしい笑みを零す。

『そう。
みやちゃんが送ってあげる』

『ありがとう。
でも、帰らなくていいの?』

気になったので声を掛けると、そこで初めて都は瞳を曇らせた。
そうして、心配そうに唇を尖らせる。

『だって。
もう、山下のおじさんも居なくなっちゃったし。
私、一人で街を歩いたことがないの』

警察を従えて歩いていたのか、と。
清水は目を丸くしてから、ポケットからケータイを取り出した。

そうして、電話を終えるとぽんっと、艶やかな黒髪が似合う都の頭を軽く叩いた。

『おじさんの病室で待っているといいよ。
紫馬が迎えに来てくれるって』

都の瞳がぱぁっと輝く。
どれが本当の彼女の素なのか分からないくらい、変幻自在にその印象を変える瞳を、清水はなんとなく眩しいものでも見るかのように見つめていた。

『本当?
じゃあ、そうするっ』

すっかり懐いたのか、小さな手がぎゅっと清水の黒いパジャマを掴んだ。


誰かを守ろうとするのは、自分が心細いからかもしれないな、と。
痛む足を引きずり歩きながら、清水はそんなことをふと、考えていた。
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