あなたが一番欲しかった言葉
男性は右手のこぶしを大きく振り上げた。

目をつぶり、歯を食いしばる。
途端の衝撃。

1発、2発、3発・・・あまりの激痛に脳が揺れた。

口元に、ぬるりとした何かが流れ落ちてくる。
鉄臭い味がして、それが自分の鼻血であることが分かった。

男性の右腕から繰り出されるこぶしを、ただただ耐えるしかなかった。

痛みは完全に麻痺し、気が遠くなってきた。


「もうやめてよ、死んじゃうよ」


エミさんの声が、かすかに聞こえる。


かろうじて目を開けると、男性の腰元にしがみつくエミさんと、乱闘騒ぎを聞きつけ、集まってきたホテルの従業員の姿が何人も見えた。


それが覚えている最後の記憶となり、俺はそのまま気を失った。
< 142 / 230 >

この作品をシェア

pagetop