愛しい遺書
「数えた事ねぇって……よくまあ都合のいい女ばっか寄ってくるなあ。羨ましいな。体もつのかよ?」

井藤さんは感心するように言った。

「そんな毎日とっかえひっかえヤってるわけじゃないっすよ」

煙草をふかしながら明生は言った。

「その中に本命っていんの?」

「本命?」

「こいつなら本気になれるってヤツよ!」

その質問、あたしも気になる。だけど明生の口から出た言葉は「やっぱり」という回答だった。

「なれる気がしないっすよ……」

「じゃあよ、もしこれから本気になれそうな女が現れたら、お前どうするよ?」

「どうするって言われても……」

「だって巷じゃ有名なお前がよ?今日からこいつ1人に絞ります!つっても絞られた女はお前を信じれると思うか?」

井藤さんの無理矢理な妄想に、明生は一瞬黙りこんだ。適当に思いついたのか、本気で考えたのか、明生は笑いながら

「その時はその女の名前を体にでも入れっかな」

と言った。

井藤さんは半信半疑で、

「例え油性マジックで書いたって、いつかは消えるだろ」

と言うと、明生は

「ちゃんとキレイに掘ってもらったら消えないっしょ」

と言った。井藤さんは

「そりゃそうだ。お前の場合、その位の心意気がないと、結局泣かせちまうハメになるだろうな」

と言いながら、あたしが用意したブランデーの水割りのグラスを上手に3個持って、テーブルに戻った。

ちょうどそこへ電話が終わったのか、能天気に「何の話ししてたんですかあ〜?」と言いながら、女が戻って来た。明生は適当な事を言って誤魔化していた。

あたしは明生の嘘を見抜いていた。明生は虫歯になっても、治療が恐いと言って、限界寸前まで歯医者に行かない。どんなに具合が悪くても、注射が恐いと言って、病院にも行かない。左耳に開けたボディピアスだって、腹を決めるまで何週間もかかった。そんな恐がりな明生に、刺青なんてできるわけがない。

あたしはグラスを洗いながら顔を上げると、明生と目が合った。

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