愛しい遺書
「大丈夫っす!」

辰くんは余裕の表情で答えた。

「……キキさん、彼氏っすか?」

酒を作る手を止めずに、辰くんは聞いてきた。翔士の気持ちを知っているあたしははっきりと否定する事ができず、伺うように翔士を見た。翔士はあたしの気持ちを読んだように、

「彼氏になれたらいいんだけどな」

と笑いながら言った。

酒を受け取ると「いつでも声掛けてね」と辰くんに言い、あたしと翔士はマナカたちの所へ戻った。あたしはテーブルに酒を置きながら

「ちょっとトイレ行ってくる」

とマナカに告げ、トイレに向かった。



用を足し、鏡の前でメイクをチェックしてトイレから出ると、明生に出くわした。偶然というよりも、わざと待ち伏せしていたかのように、通路に寄りかかり煙草をふかしていた。あたしを横目でチラッと見ると、

「あいつ、この前の男だろ?」

と言った。あたしは声を出さずに頷いた。

「どうして……?」

「何が?」

「クミって子と約束してたじゃない」

明生は煙草の煙を大きく吐いた。

「ああ……フラれた」

「いつ?」

「店の前で。」

遠くで退屈そうに1人で立っている女を顎で指し、

「あいつと店の前で出くわしてよ。あんな調子だろ?キレられた。大勢のうちの1人になる気はねぇって、帰っちまった」

と、短くなった煙草を灰皿で揉み消しながら言った。

「そーなんだ……」

それがまともな意見だよ。

そう言いたかったがやめた。

「……あの人、待ってるんじゃない?じゃあね」

あたしは明生の前を通り過ぎようとしたが、手を強く掴まれた。

「何……?」

「襟足、乱れてる」

そう言うと明生はあたしの後ろに回り、髪に刺しているピンを一本取ると襟足をキレイに纏めてくれた。

「ありがと……」

あたしが振り返ろうとすると、明生はあたしの両肩を強く掴み、首筋に噛み付いた。あたしは驚いて明生の顔を見た。

「マーキング。」

明生は唇の端を片方だけ上げて笑った。

「それ、すげぇ似合ってる」

あたしの耳に飾られたピアスに一瞬だけ触れると背中を向け、人混みの中へ消えて行った。

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