愛しい遺書
Ⅳ.Baby Blue
あたしたちは互いに話すタイミングを見付けれないまま、翔士が車を預けてる駐車場まで向かった。それでも繋いだ手は強く握られたままだった。

「翔士……」

翔士はあたしの方を見た。

「ジャケット着てもいい?」

「あ、ごめん。気ぃ利かなくて……」

翔士は慌てて立ち止まった。あたしは微笑みながら首を横に振り、ジャケットを羽織った。

また歩きだしたものの、さっきの強引さを失ってしまった翔士の手を、今度はあたしから繋いだ。翔士は驚いたようにあたしの顔を見たが、すぐまた前を向いた。はにかんでいる横顔にあたしはキュンとなった。

さっきの男が何者なのか、翔士は気になっている。でも薄々感付いてはいる。だけど「あいつ誰?」と言いだせないのは、あたしたちがまだ何も始まっていないから。あたしは明生を想うあたしと、あたしを想う翔士をダブらせて、切なくなった。

翔士は車を見つけるとキーレスで鍵を開け、助手席のドアを開けてくれた。

「ありがとう」

あたしはお礼を言って乗り込んだ。翔士は微笑みながらドアを閉めた。

「……どーする?」

翔士は運転席に乗り込むと、ぎこちなく言った。

「翔士……」

あたしは思い切って言う事にした。

「あたし、初めて翔士に会った時、好きな人がいるって言ったよね?」

翔士は煙草に火を付けながら頷いた。

「さっきの人……あの人がね、あたしの好きな人……」

そう言って翔士の方を見ると、翔士は「……なんとなく気付いてた」と言った。

「でもね、前にも言ったけど、あたしがどんなに願っても叶わない人なの……」

翔士は煙草の煙を吐き出しながら、黙って聞いていた。

「……どうしようもない人なんだ……。誰にも執着しないで、ああいう女ばっかたくさんいて……あたしは1年も前にフラれてるの。でも……あの人以上に本気になれる人がいなくて、ズルズルと……」

そこまで言うと、あたしはそれを翔士に言って、翔士とどうなりたいんだろうと考えた。

「そんなに忘れられないなら、そっち行けよ」

もしそう言われたら、あたしは何もなかったように翔士とバイバイして、この車を降りられる?

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