愛しい遺書
「おいっ!待てよっ!!」

男は叫びながら助手席に乗り込むと、窓を開けた。

「そいつに伝えといてよ。ぶっ殺すって」

捨て台詞を吐き終えるのと同時に、車は走り去った。あたしはドアから不思議そうに顔を出す住人たちに「なんでもないです!ごめんなさい!!」と叫びながら明生の部屋に向かった。

明生の部屋のインターホンを鳴らすと、頭上から「こっちだよ」と聞こえた。見上げると、あたしの寝室の窓から体を乗り出し、リモコンでセキュリティを解除する明生の姿があった。騒ぎの根源が自分だと解っていながらケロッとしている明生に、あたしは内心苛立ちを覚えたが、その反面何もなく済んだ事に安心していた。



玄関で靴を脱いでいると、明生が寝室から下りて来た。

「おかえり」

あたしは煙草に火を付けながらリビングに入る明生の後ろをついて行った。

「ただいま………ねぇ、何があったの?」

「何が?」

「ぶっ殺すって言ってたよ?」

「そう」

「そうって………怖くないの?」

明生は鼻で笑い、煙草の煙をゆっくりと吐いた。

「別に。オレは面倒くせぇのは御免だって言ったよ?でも誘ってきたのはあっちだし。たった1回の浮気も隠せねぇならすんなってな」

「じゃあなんであたしんちにいるのよ」

「逃げろってメールあったから。条件反射ってヤツ?」

「そう………」

冷蔵庫からミネラルウォーターを取出し、キャップを開けて半分くらい一気に飲んだ。唇からペットボトルを離すのと同時に明生が後ろから抱きついた。

「キキ………」

「ん?」

「………愛してる」

いきなりの明生の発言に、あたしの心臓はドンッと音を立てた。それと同時に快感のような鳥肌が全身を駆け巡った。

「えっ………?」

「……………」

明生は何も言わなかった。でもその沈黙は長く続かなかった。

「痒いっ!」

そう叫ぶと明生はあたしからパッと離れ、体をボリボリと掻いた。

「は?」

あたしはワケがわからず振り返って明生を見た。

「慣れねぇ事はやるモンじゃねぇな。やっぱオレのカテゴリにはねぇや。鳥肌立っちまった」

「………冗談だったの?」

「当たり前っ。本気にした?」

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