愛しい遺書
「急だけどさ、キキちゃんの誕生日パーティやろっか?」

閉店後、テーブルを一つ一つ拭いて回るあたしに久世さんは言った。

「マジですか!?」

「うん。マジで。丸々貸し切りでって訳にはいかないけど、その日は0時オープンにして、前の2時間位パーティする感じで考えてるんだけど、どう?」

「嬉しいっ!是非!!」

「じゃあさ、来週の土曜はキキちゃん休みでしょ?だから前日の金曜にしよっか?」

「はいっ!」

「来てくれそうな人に声掛けとくから、キキちゃんも友達誘っといてよ。盛大に楽しもうな」

そう言って久世さんは店のカレンダーの、7月31日を丸で囲んだ。

「ありがとうございますっ!」

あたしは満面の笑みでお礼を言った。





店からの帰り道、あたしは翔士にメールを打ちながら歩いた。最近は「行ってきます」と「ただいま」のメールが毎日の週間になっている。さすがに夜中のメールには返信してこないが、朝起きてメールが来てないと何かあったのかと電話してくる翔士に、心配かけたくないあたしは毎日欠かさずメールを送る。

「あ。誕生日パーティ……」

あたしは思い出して本文に入力した。

だけどすぐに消した。

明生を誘ったら来てくれるだろうか………。

多分来てくれない。でも、もしかしたら来てくれるかもしれない。

あたしは明生に伺ってから翔士に聞いても遅くはないと思い、「ただいま」だけを送信した。



部屋の駐車場に着くと、真夜中なのに男女がうろついていた。心当たりのないあたしは知らないフリをして通りすぎようとした。

「ねぇ、アンタここに住んでんの?」

男は馴れ馴れしい口調であたしに言った。あたしは嫌な予感を隠して立ち止まり、頷いた。

「神童ってヤツ、いんだろ?」

「………はぁ」

「これ、そいつんだろ?」

そう言って男は片足を振り上げ、「やめて!」と体にしがみ付く女を振り払って、明生の車のバンパーを強く蹴った。車は異常を察知して、セキュリティが激しく鳴った。深夜に鳴り響くサイレンのせいで、アパートの住人たちががポツリポツリと部屋に灯りを付け、部屋のドアを開けた。女は慌てて車に乗り込み、男を置いて走りだそうとした。
< 95 / 99 >

この作品をシェア

pagetop