愛しい遺書
「……………。」

あたしは虚しさと苛立ちと、少しだけ幸せが交ざり合った不思議な感情に戸惑いながらも、それを明生に見せないように普通に振る舞おうとしたが、肝心の素っ気ない言葉が出て来なかった。それどころか、酒が巡っているあたしの体と脳は、あたしの唇に『素直になれ』と発信してしまった。


「………例え冗談でも最初で最後の言葉をあたし聞けたんだ………」

明生は自分も冷蔵庫からミネラルウォーターを取り、何も言わずリビングのソファーに腰掛けた。

「幸せ者じゃん。あたし。」

あたしがペットボトルを手であそびながら言うと、今度は明生が自分の手に持っていたミネラルウォーターを一気に飲み干した。そしてまた鼻で笑った。

「お前って安いな。嘘でも嬉しいワケ?」

「………だって明生、嘘しか言えないでしょ」

「ははっ。………まぁな。本気で言って欲しかったら、週末婚まがいのアイツに頼めば」

明生はソファーに座ったまま、大きく背伸びをして言った。

週末婚まがいのアイツとは翔士の事だ。あたしは悔しくなった。明生はあたしに幸せになれと言った。自分は叶えてくれる気がないのだ。だからあたしは明生を想いながらも翔士を少しずつでも好きになりたくて、翔士との時間を大切にしている。翔士なら、無条件であたしを受け入れてくれる。例え明生を引きずったままでも。だけどあたしは100%明生を捨て、100%翔士でいっぱいになるまでは翔士の優しさに甘えちゃいけないと心に決めている。その気持ちに、明生だって気付いていないはずがない。週末が近づくと、あたしに噛み付き、意地悪を言うその衝動にいい加減気付いて欲しいのに。

あたしの目から、いつの間にか涙が零れていた。あたしが気付く前に明生は先に気付いて、哀しそうな顔であたしを見ていた。

バカ。哀しいのはあたしの方だ。

あーぁ……

きっと帰っちゃうだろうな。

「ウゼェ」とか言って。

あたしはもう遅いと思いながらも明生に背を向けた。それと同時に明生はソファーから立ち上がった。

やっぱり。

あたしはもっと哀しくなった。正直者の涙は止まる事を知らず、どんどん溢れた。

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