月影
「あたしはただ、居場所が欲しいからアイズに居るんです。」


彼は自嘲気味に笑っていた。



「こんな世界に縋るんですか?」


夜の世界に縋って、結果、抜け出せなくなる。


こんな場所に縋ったって結局は、真っ黒い色に飲み込まれるだけだということだろう。


何もない手首を無意識のうちにさすりながら、視線を逸らした。


拓真と居ても、拭えない孤独を感じている自分が嫌だ。



「なら話は早いじゃないですか。」


「…自分と寝ろ、とでも言いたいみたいですね。」


「理解が早いですねぇ。」


互いにこの店を潰したくない理由があるのだ、利害は一致する。


セックスをすることで結託しようとでも言いたいらしい。



「この店に、居場所が欲しいんでしょう?」


シュッ、とネクタイを緩める彼は、嘲るように笑っている。



「今までそうやって、やり手だとか言われてきたんですね。」


「それも方法のひとつ、というだけですよ。」


「あたしがあなたと寝て、簡単に転ぶと思います?」


何故みんな、セックス如きに重きを置くのだろう。


あんな行為ひとつで、何が変わるわけでもないというのに。



「あたしに色なんて掛ける前に、パソコンと睨めっこでもしてお仕事頑張ってくださいね?」


笑顔でそれだけ言い、きびすを返した。


確かにアイズは大事だけれど、反面で、これ以上依存のようになるのも怖かった。


辞めるべきか、続けるべきか、あたしは未だに答えを見い出せてはいないのだ。

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