しょうがい
僕は再び「ごめん」とつぶやいた。しかし、今度は心の中でではなく、直接声に出しながらであった。

「ごめん、母さん」

出来ることなら生きていた時の「母」に謝りたかった。しかし、母はもう喋りかけてはくれない。笑ってくれない、怒ってくれない。僕は泣きながら謝り続けた。

雨の音が聞こえてきた。先ほどまでは雨が降る気配などはみじんも感じ取れなかったのに、今では激しい音を伴いながら、嵐のように雨と風とが交差しあっている。もしかしたら僕のこの涙が果てしない大空から降り注いできたのかもしれない。夜の闇は雨雲の影響でさらに暗くなっている。

涙も枯れ果て顔をあげると、一瞬、母が僕に笑いかけてくれているような気がした。僕の勘違いかもしれない。いや、勘違いに決まっている。しかしその瞬間だけ、母は笑顔を浮かべていた気がした。それはまるで僕のことを許してくれているかのような、寛大な笑顔であった。

僕は母の笑顔に応えるようにして、目を拭き、無理やり笑顔を作った。本当に無理やりな笑顔であったが、今の僕にはこれが限界だった。そして最後に「ありがとう」と、そっとつぶやいた。

すると「ありがとう」と、どこかから声が聞こえた。そんな気がした。
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